「ねえ、フリー。あなたはなんでここに来るの?」
「お前の父親に頼まれたからだ」
「それだけで、ここに来るの?」
「来たくて来てるわけじゃない。それに、俺はフリーじゃない!自由(じゆう)だって言ってるだろう!」
「だって、パパがフリーって呼びなさいって」
「人の名前を誤認させてどうするんだ!」
「でも、そっちが本名なんでしょ?パパに渡された資料でみたよ?フリーっていい名前じゃない。羨ましい名前だわ」
「全然、自由にならないけどな」
「私よりは全然自由だわ」
「そうか?自由に歩きまわれることだけが、自由じゃない」
「フリーって呼ばれるのなんでイヤなの?」
「くるくる話を変えるな」
「ねー!なんで?」
フリーはため息をついた。
「父親が付けた名前だった。呼んでいいのは父親だけだ」
「ふぅん。私のカイリっていうのはね、海里って意味なの。海が私の故郷なの」
「海?ここから海はかなり遠いけど?」
「これでも、海の近くで生まれたんだよ?ずっとここにいるわけじゃないの。小さい頃は海の側に住んでたの」
「閉じ込められた生活をしてなかったってことか?」
「……ずっとではないけれど、16年の人生のほとんどをここで過ごしているのは確かよ。あなたは?」
「俺?俺は山だ。森で育った。母親が俺を育ててくれた」
「お父さんは?」
「俺は、最初から森にいたわけじゃない。父親は森に来なかった」
「どうして?」
「わからない。詳しいことは教えてもらえなかった」
「あ、あなたは何歳?」
「俺?今年18歳だ」
「見えないわね」
「どういう意味で?」
「若いなーってことよ」
まあ、子供っぽいっていうかもしれない、とカイリは頭の中で付け足した。
「お前に言われたくない。お前の方が若い」
「ねーあなたの家族は元気?」
「だから、くるくる話を変えるな!」
「お母さんは元気?お父さんの安否は?」
「うるさいな……まったく。……母親は元気だ。父親は……たぶん、元気だ」
「たぶん?」
「そういうとこは、察して聞かないのがマナーだ!子供(ガキ)が」
「どーせ私は子供ですよ!だから教えて!」
「うるさいな!子供(ガキ)に話すことなんてない。今日はもう帰る」
「教えてくれたっていいじゃないケチ!」
フリーは、背を向けて部屋を出て行った。
あら、今日もきたの?しばらくこないと思ってたんだけど」
「この部屋からなんで出ないんだ?」
「いきなりどうしたの?」
「いいから答えろ」
「何様なの」
「俺様だ」
「飽きれて物も言えないわ……」
「出たくないのか?」
「ここは、無菌室なの。決して菌が発生しないのよ。だから、ここにいるの」
「どうして無菌室から出られないのか知ってるのか?」
「あなたは、なんでか知っているの?」
「抵抗があるからだろう。俺と同じ」
「あなたもなのね」
「ああ。お前と違って、俺は、無菌室になんて入ってやらないけどな」
「どうして……こんな体質に生まれてきたのかしら……」
「なぜ出ようとしないんだ。閉じ込められたまま生きるのか?」
「出れるわ。いつかは」
「いつかっていつだ!」
「知らないわよ!」
「閉じ込められて窮屈じゃないのか?!」
「窮屈に決まってるでしょ!自分が自由だからっていい気にならないでよ!」
「いい気になんてなってない!」
「うるさいから怒鳴らないでくれる?!」
「知るか!」
「あ〜はいはい、喧嘩はやめてくれるかな」
「パパ!」
「施設内での喧嘩はご法度だよ。なんせ狭くて限定された場所だからね。自粛が義務付けられているんだよ。怒鳴り声がドアの外まで聞こえてるよ」
「だって!」
「カイリ、どんなに正当な怒りでも、相手に怒ってはダメだよ」
「なんでそんなこと言うの!」
「少し頭を冷やしなさい、フリー君もだよ」
「今日は終わりにする」
「じゃぁ、また明日ね」
フリーはドアを乱暴に閉めて出て行った。
「ちょ!パパ!来なくていいわ!あんなヤツ!」
「カイリ、フリー君のことどれくらい知ってる?」
「えっ……」
「良く知っていて仲違いするならいい。けど、知らないのに嫌うのはよしなさい」
「どうしてそんなこと言うの!」
「博士!緊急事態です!」
「わかった、行くよ」
「あ、すみません……カイリさん」
「早く行ってよ!もう、来ないで!」
「また来るから」
「……結局一人にするなら、もう誰にも会いたくない。余計に寂しいだけだわ」
つぶやきは誰にも届くことはなかった。
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