「パパ!!!!あんなのは白馬の王子様どころか、人間として失格よ!」
カイリの白馬の王子様はきた。カイリの牢獄である部屋へきた。
「あんなのって……でも、彼は、君のことを理解してくれると思うよ。根っから悪い子なわけじゃないんだ。もうしばらく、彼の友人になる努力をしてくれないかい?」
「できないわ!!!!もう、イヤ!パパのことなんて言ったと思う?」
「いいことじゃないのはわかる。だけど、パパが悪く言われるのには、訳があって。カイリにこんな風に頼むのはフェアじゃないってわかっているんだけれど、お願いだから、こらえてくれないか?」
「明日もくるの?」
「彼は、この研究所に住むことになった。来るというか、いるんだよ」
父ビットと娘カイリは、父が働く研究所の居住区に住んでいた。
「もうくるな、って言って!」
「……それは、約束できない。彼次第だよ。彼は、僕の言うことを聞くような子じゃない。もし、カイリがそれほど嫌なら、彼が来ないように仕向ければいいんじゃないかい?」
「パパ!私はそんなに性格が悪い子じゃないわ!」
「彼次第でもあるけれど、カイリ次第でもあるんだよ」
「そんな……」
「彼は、はじめて会った同年代の男の子だろう?」
「そうよ!なんで、もっと、優しくてステキな人を選んでくれなかったの?」
「カイリはそうは、望んでいないんじゃないかい?カイリが今言ったような人と話して、人生は豊かになるかい?カイリに必要なのは、予定調和な世界じゃないだろう?」
ビットは、カイリが子供だからといって誤魔化したりしない。ちゃんと言い聞かせる。
「それは……そうだけど」
「実は、予定が合ったり、都合がいいのが、彼しかいなかったんだ。彼とは対等に話せばいい。全ては、カイリの望むままに」
「ちょ!パパ!」
ビットは部屋を出た。そして、問題の『彼』の部屋の扉をノックする。
「一日目はどうだった?フリー君」
「あのな、俺の名前は『自由(じゆう)』だって言ってるだろう」
「フリーは本名じゃなかったかな?そう聞いたよ」
「そう呼ぶヤツはもういない」
フリーの含みのある言葉に、ビットは顔を歪めた。
だが、気を取り直し、笑顔を作る。
「どうだった?カイリは?」
「あんな生意気な女そうそういない」
「いい女でしょ?なんたって、僕の娘だからね」
「あんたの耳はおかしいのか?」
「ちゃんと聞こえてるよ」
「そういう意味じゃない!」
「あんな女の相手をしないといけないのか?」
「君には対価を払っている。仕事だろう?くれぐれも逃げないように」
「わかってる。充分すぎる対価をもらっている。ちゃんと仕事はする」
「でも、できれば仕事じゃなくて、友人になってほしい。損得なんて関係ない友人に」
「だったら、俺じゃなくて、女を連れてくればよかったじゃないか。お友達ごっごが出来る」
「お友達ごっこじゃ、カイリには物足りないだろう。女の子を研究所に寝泊りさせるわけにはいかないしね。それに、カイリのご注文は白馬の王子様だからね」
「はぁ?俺はそんな気色が悪いものにはなれないぞ!」
「だろうね。だから君を選んだんだから」
「どうして、研究所はこんなに辺鄙な場所にあるんだ?だから女の子が来ないんじゃないか」
「特別だからさ。ここが。もし、この研究所に何かあれば、国全体が被害を受けるからね」
「忘却病研究施設……こんなに広くて綺麗でお金がかかっていそうな施設なんだな。もう、忘却病なんて過去の病じゃないのか?」
「忘却病に免疫のない人が一日に1錠薬を飲むよね?」
「ああ、人口の半数以上が免疫がないために、薬を飲んでいる」
「その薬の成分が日々変わっているのを知っているかい?」
「いや、知らない」
「忘却病の病原菌は薬に日々耐性をつけている。それを研究して、新たな薬を作るのがこの施設だ」
フリーは目を見開いて、驚く。
「菌は成長する。人間と同じだ。これを知っている人間は少ない。君は誰かに言うかい?」
フリーは静かに首を振る。国民は皆、もう忘れることがないと信じている。それが脅かされるなど考えない。
「忘れる病……馬鹿げてる」
「馬鹿げていても、現実だよ。それは君の母親が一番身にしみてわかっているんじゃないかい?」
「……」
「さて、じゃあ、明日も頼んだよ」
そう言って、ビットはフリーの部屋の扉を閉めた。
「……母さん、俺は間違っていないよな?」
つぶやきの問いに答えるものは、誰もいなかった。
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