-前章- a drop of see

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―――忘却病。

それは、人類を滅亡まで追い詰めかねない恐ろしい病。

忘れてしまうのだ。

人々はたった一日の記憶しか保持することができない。

そして、それは、未だに科学的に原因がわからない。

根本から病を治療することができない。

ワクチンを投与し、予防する他ないのだ。

ほぼ、全ての人が感染し、完治しない病気。

そして、症状は忘れてしまうこと。

恐ろしい病なのだ。


現在35世紀半ば。

科学が最絶頂に発展し、人間が栄華を極めていた時代が過ぎ、

人間は無能な生物に成り下がってしまった。

自分達が作ったものの使い方がわからないのだ。

便利さを追求したために高度な技術が使われた機械を使いこなすには、知識がいる。

だが、知識とは蓄積だ。記憶の保持期限が一日という人間に知識が備わるはずがない。

どうして忘れてしまうのか。

一説によると、伝染病だという。忘れる病。

たった一日しか保たない記憶。

だが、昨日あったことが思い出せなくとも、歩くことも言葉自体も忘れたりしない。

生きていけるのだ。なんとか人は。その病に感染していてもなお。

人間の科学技術は荒廃したが、人間の暮らしが廃れることはなかった。

ただ、人は大事な感情を持つことができなくなった。

生きてはいけるけれど、ほとんどが本能で生きている。

愛や恋、友情などという関係を築けなくなってしまった。

人間はヒトとは呼べなくなってしまったのだ。

だが、忘却病という病気にかからない者もいた。

抵抗力を持っているのだ。

忘却病に打ち勝てる力を持っているのだ。

その者達は人間の尊厳を取り戻すために戦った。

そして、その結果が、現在。



人間はヒトの尊厳をその手に取り戻した。



病にかかった者は、今まであった記憶を失くしているわけではなく、ただ、忘れてしまうだけ。

薬を飲むと、今まであったこを全て思い出す。記憶喪失だったものが、思い出した時のように。

その薬を長年の努力の末に開発したのは、カレン・フォーカス。

その薬の開発きっかけを与えたのが、メモリという一人の男だった。

彼に姓はない。なぜなら、両親は姓があることを知らないのだ。

忘れてしまった祖先より、忘れてしまう両親は、姓を引き継ぐことができなかったのだ。

ほとんどの者が現在、姓を持たない。

便宜上名乗る者もいるが、そう、なくても困らない者達は、姓を先祖より受け継ぐことができなくても困ることはないのだ。

そして、現在の物語の主人公カイリの父親、ビットはメモリの親友だった。



薬開発の立役者であった偉大な故人メモリは言ったという。

「もしかしたら、人間は、この病にかかったままの方が幸せだったかもしれない」






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※この話はフィクションです。忘却病なる病は、実際には存在しません。


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