「人魚姫みたいに泡になってもいい!恋がしたい」
閉じられた部屋。
たった一人しかいない四角い箱。
「それなのに、私には人魚姫のように自由に泳げる尾ひれもない!」
「海の底がいくら退屈だからって、海上に上がって、格好いい王子様を見つけにいくだけの自由がないの!」
「例え、王子様に愛されなくて、結婚できなかったとしても、人魚姫はきっと幸せだったと思う。だって、泡になる、その瞬間でさえ王子様のこと好きだったんだわ……」
その少女は涙を浮かべた。
茶色い髪はベッドに落ち広がり、緑色の綺麗な瞳から涙が落ちる。
美しい調度品に囲まれた監獄だ、ここは。
「人魚姫になりたい。泡になって消えてしまいたい」
「カイリ」
「パパ」
「そんなことを言わないでおくれ」
「だってパパ!私はいつまでここにいないといけないの?いつになったら、外に行けるの!?いつになったら、パパ以外の人と会ってもいいの?!」
「ヤダさんには会ってるだろう?」
ヤダさんとは老齢のカイリの家庭教師だ。おっとりして、物知りなおばあちゃんだ。
「人生で二人にしか会えないってどういうこと?!ありえないでしょ?!」
「本を読んでいる」
「こんなうすっぺらい紙切れだけじゃ、人生は豊かにならないわ!私は本好きなだけの少女じゃないのよ?!」
「カイリ……まだ時じゃないんだ。君には、できるだけ、悲しまないでほしいんだ。穏やかで優しい日々を送ってほしいんだ」
「パパ!私はそんなの望んでいない!」
「今はわからなくても、きっと後々わかる。お願いだから、今は僕のことを信じてくれないか?」
「パパは、いっつもそう!私のためと言って、私の心を縛り付けるんだわ!」
「今の君はわからないかもしれないけれど、きっとわかる日がくる。僕はカイリの倍は生きてるるんだ。ちょっとは信頼してもらえないかな?」
「待てない!私は早くいろんな体験をしたい!本を読むだけでは体験できない、自分だけの体験がしたいの!」
「急がなくても、いろいろな体験は向こうからやってくる。だから、今は君にできる精一杯のことをしてほしい」
「本当はパパだって、カイリには普通の子供のように学校に行き、友達とおしゃべりしたり、喧嘩したりしてほしい。僕はあまり歓迎しないけれど、恋の話だってしてほしい」
「じゃ、どうして?!」
「時がきたら話すよ。今の君には大きすぎる事態だから、カイリがもっと大きくなったら、話すから」
「私はもう16歳よ!大丈夫よ!」
「それを判断するのは、僕だよ」
「パパ!!!」
「それを話す日がこなければいい、と思っている僕は臆病者だろうね。でも、そこでカイリが僕を臆病者と罵ったら、話すのがもっと遅くなるかもしれないね」
人が良さそうな笑みで父親は娘をみる。悪意など一片もないような顔だ。
「パパは臆病者というよりは、卑怯者よ!」
父親はニコニコ笑うだけだ。カイリの頭を撫でる。
「子供のことを考えない親なんていないんだよ……」
それは、カイリに対してであったはずなのに、もっと遠くのことを言っているように、カイリには思えた。
「パパ……さびしいの?」
「カイリがいるから寂しくないよ」
「だけど、パパ、わかってる?丸三日は会ってなかったわよ!仕事に熱中するあまり、食事も忘れて!だから、ママに逃げられるのよ!」
「あはは、カイリは厳しいな……研究をしていて、気付くと3日も経っているんだ。もっとこれるように努力する。ヤダさんにももっと来てもらえるか聞いてみるよ」
「いいわよ。無理されるのは嫌なの」
「人のことを思いやるのはいいことだけど、カイリの言い方では、勘違いされてしまうよ。ヤダさんも初孫が生まれたばかりだからね。気を使っているんだろう?
……カイリ、もっとわがままを言ってもいいんだよ?」
「できないってわかってることで、駄々をこねたくないの!それに、どうせパパは、熱中すると時間なんて忘れるんだから」
「……わかった。カイリに、友人を連れてこよう。本当はあまり好ましくはないのだけれど、君には、必要なんだね」
「白馬の王子様にしてね!」
「無理だよ。現実はそんなに甘くないよ」
「ちょっとくらい、いい夢みせてくれたっていいじゃない!」
「あはは……カイリにとっての白馬の王子様だといいね」
「うん!」
主人公の名前はカイリ。
その父の名前はビット。
今は下火になったとはいえ、今でもまだ人類を脅かし続ける病、
「忘却病」
その病を治すために研究を続ける研究員であった。
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