3.急停止〜速水健太郎〜



なんでハルカ先輩にあんなことを言ってしまったのか……後悔しても後悔しきれなくて……一睡もできなくなっていしまった。

ここ数日寝れていなくて、さすがの俺でも、ふらふらと足元がおぼつかなくなってきた。

夏休みでなければ、保健室のお世話になっていたことだろう。

ハルカ先輩の傷ついた顔が忘れられない……。


事のはじまりは、ハルカ先輩の撮った写真だった。

その写真には西條先輩が映っていた。

綺麗だった。おせじでも何でもなくて。

西條先輩の何気ないワンショット。

日頃、気づかないような、だけど西條先輩の魅力が引き出されているベストショットだ。

それは、ハルカ先輩が見ている西條先輩だ。

恋をしているからかもしれない。

だから、こんなに綺麗に撮れるのかもしれない。

俺は……酷くショックだった。

こんなにハルカ先輩のこと好きなのに……誰よりも好きだっていう自信がある。

それなのに、ハルカ先輩は俺のことを西條先輩ほど好きじゃない。

どうにもならないことだ。何度俺が西條先輩だったら……って思ったかわからない。

それが叶うはずがないことはわかってる。

でも、どうしても思ってしまう。

願わずにはいられない。

それは、ハルカ先輩のことが好きだから。

その気持ちを偽りたくはない。

間違いだなんて思いたくない。

だがら、つい言ってはいけないことを言ってしまったんだ。

「本当に西條先輩か好きなんですか? このまま、卒業してもいいんですか?!」

振られるのがわかっているのに、自分の気持ちを伝える覚悟がないから、早く西條先輩との関係をはっきりさせてほしくてこんな言葉を言ってしまった。

「できないよ。この関係を壊したくない。もう少しこのままで」

ハルカ先輩らしい弱気で保守的な答え。

俺は腹が立った。いつもなら堪えられるのに今日はどうしても、言わずにはいられなかった。

「前に進むことができないから、汚れないままだから、ハルカ先輩の写真には気持ちが入っていないんです!強い気持ちが感じられない。ただ綺麗なだけなんです!」

ハルカ先輩の傷ついた顔なんてはじめてみた。写真に誇りと大切を持っていてとても大切にしているハルカ先輩には言ってはいけない言葉だったんだ。

「おまえに何がわかるんだ! おまえなんか嫌いだ!」

ハルカ先輩は涙目だった……。嫌いと言われたことなんかより、ハルカ先輩を傷つけてしまったという事実に落ち込んだ。これ以上ないくらい。

ハルカ先輩とも、ハルカ先輩の話をする西條先輩とも会えなくなった。

簡単だった。ハルカ先輩はあれから、俺を避けてるし、西條先輩とは学年が違うから、こちらから会いにいかない限り、会うことはない。

自己嫌悪に駆られた人間ほど、滑稽で馬鹿な人間はいないと思う。少なくとも、今の俺は、滑稽で馬鹿だろう。

ハルカ先輩に謝ることもできない。西條先輩に何も話すことができない。

自己嫌悪にがんじがらめになっている自分に本当に嫌気がさす。


それでも、思ってしまうんだ。


『ハルカ先輩に会いたい!』


会いたくて会いたくてどうしようもなかった。

どうして、俺はあの人がいないと生きていけないくらいあの人を好きになってしまったんだろう?

そんな存在欲しくなかった。

いらなかった!

こんなにも渇望していても満たされない俺はどうすればいい?

満たされることがないとわかっている恋をどうしたらいい?

かと言って、告白することもできない。

好きな人を困らせたくない。

何より、完全に拒絶されたら……俺はきっと生きてはいけないから……。



夏休みになると、ハルカ先輩の存在を忘れたいがために、家の手伝いを毎日休まずした。

そうすれば、少しは気が紛れるから。

今は、所属していた水泳部に顔を出すこともできない。

痛すぎる。まだ、傷が新しすぎるから。

だいたい、水泳部員が溺れるなんて聞いたことない。

理由が原因不明の持病のせいだっていっても、俺はもう、水泳をやっている資格なんてないように思う。



結局どうしようもなくなって、約束していた夏祭りに俺は出かけた。

ずいぶん早く待ち合わせ場所についてしまった。

ハルカ先輩を待っていた。

会いたくてどうにかなりそうだった。

「健太郎?」

透明な声。

ずっと待っていた人。

でも、近寄ることはできなかった。

近くに寄ったら最後。

想像したくないことが待っているに決まってる。

この想いを言葉にしてしまうかもしれない。

そうしたら……きっと終わってしまう。

関係が終わってしまう。

今、気持ちを伝える言葉を我慢して、側にいられるなら、我慢する方を俺は選ぶ。

西條先輩が五分遅れできた。

俺はハルカ先輩に一言も言葉をかけることができなかった。

ハルカ先輩も俺に一言も声をかけることはなかった。

沈黙が重くてどうしようもなくて、でも、何も話すこともできなかった。

だから、西條先輩がきて、にぎやかになって、安堵した反面、イライラした。

仲が良さそうに話をするハルカ先輩と西條先輩。

この感情は嫉妬だ。

ドロドロとしていて綺麗な感情じゃない。

でも、止められはしない。

「ちょっと、速水? 何してんのよ! 花火見に行こう!」

ボーとしているうちに花火大会の時間になってしまったようだ。

お祭の終わりを知らせるみたいな花火。

西條先輩、ハルカ先輩、俺の順番で花火大会が開催される土手に腰をおろした。

空を見上げると、花火が上がった。

綺麗だな、と思った瞬間、俺の意識は真っ暗になった。





「あれ? 速水、寝ちゃったの?」

「そうみたい」

理亜が言うと、春日が苦笑していた。

健太郎は春日の肩に頭を預けるようにして眠っていた。

「緊張の糸切れたのね。久しぶりにハルカに会ったもんだから」

健太郎の寝顔は安らかだ。

「こんなこと言う資格ないかもだけど……よかった」

いつもの健太郎でよかった、そう春日は言った。

「お産前の熊みたいだったもんね、今日の速水」

「お産前って」

理亜のお産前という言葉に、春日は控えめに笑い始めた。あまり、オーバーリアクションで笑うと、健太郎が起きてしまうからだろう。

「ハルカって過度の優しさの持ち主だよね」

小声で話す春日に理亜はため息をついた。

春日が健太郎に気を使っているのがわかった上で理亜は言っているのだ。

「だから、ハルカの側だと速水も安心して眠れるんだと思うけどね」

「安心して寝てくれるなら嬉しいけど、優しくはないと思うよ。本当に優しかったら……突き放してると思うよ。理亜はそう思ってるでしょ?」

「そうね。一生の覚悟がないなら、ハルカはさっさと突き放して、速水は自分で眠れる方法を考えるべきだとは思うけどね」

「理亜はいつも正しいから、強くて厳しいね」

「でも、ハルカがそれをわかってやってるとは思わなかった」

「僕だって、いろいろ考えるんだよ」

「考えすぎてがんじがらめになってるけどね」

「うまくいかないもんだね」

「そうね、でもね、簡単にうまくいったらつまらないでしょ」

「かも、しれないね」

「そうよ、だから、人生楽しいのよ♪」

花火の音で二人の会話は誰の耳にも届くことはなかった。もちろん、安らかな夢の中にいる健太郎にも。

花火の光だけが、三人の顔を赤や緑といった色に照らしていた。



だが、この時、三人の胸の中にはある決意があった。

それが明るみに出るのは、もうすこし後のこと。




                                夏祭り編  完

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