sk4「涙のわけ2」



「川村昇」視点



小学校の頃の一番はじめの記憶。
それがこんなんだなんて笑えるけど。

政宗がびしょびしょになって泣いているところ。

今となっては最初で最後の政宗の涙。

それ以降政宗が泣いているところを見たことがない。
それは、胸の中に涙がたまっているってことなのかな?

それともこっそり泣いていたのだろうか?

一番近くにいたボクにさえ見せない涙。
誰が知っているのだろう。
誰も……政宗自身さえも知らないのかもしれない。

怪我をして眠っている政宗の横顔を眺めながら、
ボクは考える。


「着信?」

めずらしいこともあるものだ。
着信の相手は『みねぎー』だった。
高校で出会った友達だからまだ、
そんなに仲良くないのにどうしたんだろう?

ボクは電話を取った。

『あ、川村君?』
「みねぎー?どうしたの?」
『単刀直入に言うと、佐々木君が喧嘩して怪我して意識がない』
「なにそれ?!そこどこ?すぐ行く」
『落ち着け』
「落ち着いてなんていられないよ!早く教えて!!」
『わかった。ここは……』

ボクは走った。

政宗が喧嘩することは実は結構あった。
いつも上手く逃げていたから問題にはならなかったけど。

なんでこんなことするのだろう?
いっつも思っていた。
幸せな家族がいて、何が足りないのだろう?

まあ、政宗の性格を考えるとわからなくもないけど。


ふと、思い出したことがある。
ボクの頭には政宗を変えた小学校の頃の出来事が浮かんできた。

「おらおら!」
「てめぇ気に入らないんだよ」
「人を見下しやがって!」

実際に聞いたわけじゃないのに嫌にはっきり覚えている複数の声。
確かにその頃の政宗は嫌な奴だった。
今、特定の人にしか見せない俺様ぶりを他の人にも見せていた。
同年代の子供が反発してこんな台詞を言うことも
当然だと思わせるほどの性格をしていた。

これは、ボクの勝手な価値観だけど、
いじめの王道はトイレの個室に閉じ込めて
上から水やら物やらを投げ入れることじゃないだろうか?

小学生ならなおさらそのくらいの知識しかない気がする。

彼らはその知識を実行に移した。
結果、政宗はびしょびしょになって

泣いていた。

ボクと政宗はその頃、違うクラスだった。
一緒に帰ろうと思って政宗をさがしていたところだった。

トイレのドアをボクが開けても、政宗の涙は止まらなかった。

「まさむね?!」

何もしゃべろうとはしない政宗。

「ねえ、だいじょうぶ?」

オロオロするボク。

泣き声も出さずにしゃくりあげるだけ。
苦しそうだ。

ボクは政宗の手を引いて走り出した。
目的もなく、ただ走った。

苦しそうな政宗には少し我慢してもらうことにした。

裏山に来た。
ここなら誰もいない。

政宗の涙を誰にも見せたりしちゃいけない気がした。

しばらくすると政宗の涙が消えた。

「俺、決めた」

はっきりした声と大人びた表情だった。

「俺、この性格を変える」

「変える?」

「優等生っていうんだろ?頭良くてなんでもこなせて、人当たりもいい」

政宗は目をゴシゴシこすった。真っ赤になってる。
ひりひりして痛いのをボクも経験したことがある。
鼻声も痛々しかった。

「優しくするからその代わりにいじめなでってことだろう?」

小学生でこの台詞を言えることがすごい、と今は感心する。

「そしたら、気に食わない奴にあんな扱いをされることもない」

今思うと、ものすごいマセた小学生だ。

その頃のボクは何も言えなかった。
その決意の意味がわからなかったのだ。

「まさむねがいじめられないならいいよ。
 こんど何かあったらぼくを頼ってよ!」

やっとそれだけを一生懸命言うボクに、政宗は何も言わなかった。

「帰るぞ。真っ暗だ」

今度はボクが手を引かれて歩きだした。

「俺は川に落ちたことにしろ」

「おばさんやおじさんに言わないの?」

「言うのはいやだ」

「ぼくから言うのもだめ?」

「だめだ」

こうと言ったら政宗は絶対に聞かない。

生暖かい手を握りながら、ボクらは家に帰った。


次の日から、ボクは政宗の変貌ぶりに驚かされることになる。
これが同じ人間か?!とうようなくらい変わっていた。

政宗の中で何が変わったかわからない。
だけど、この変貌ぶりはいくらなんでもおかしかった。

それなのに、ボクは何もできなかったんだ。

すごく悔しい。
今でもボクは何の力にもなっていないのかな?って思う。
一緒にいるのに。
友達なのに。
親友なのに。
幼馴染なのに。
もう、ずいぶん長い時間が経つのに。

だから、ボクに何も相談してくれなくても仕方ないし、
『本当に辛い時、頼っていいよ』なんて言えない。
政宗が自分から頼ってくれなければいけないのだ。
ボクが何を言ったところで政宗は聞かない。

ねえ、政宗?
もっとボクを頼ってよ?

そう言っても政宗はきっと鼻で笑うだろう。

ボクじゃなくてもいいから、誰かを頼ってよ。
限界が近づく前に。


結局、政宗は起きなかった。
政宗は休んだことのない学校を休んでいた。
意識が戻ったら病院に行くとおばさんが言っていた。

「どうした?川村、浮かない顔して」

ボクはとりあえず、学校へきた。
何も知らない渡辺がボクに話しかけてくる。

「佐々木君が休みだから、だよね?」

みねぎーも何も知らないふりをしてくれているようだ。

「ねえ、ボクと政宗って仲よさそうにみえる?」
渡辺とみねぎーが顔を見合わせた。

「どうた川村!熱でもあるんか?」

渡辺がボクのおでこを触る。

「自信がなくなったの?」

みねぎーが心配そうな顔をした。

「わからなくなったんだ」

「大丈夫だ!佐々木はおまえのこときっと好きだぞ!」

「良太?川村君がびっくりしてるよ?」

「だって、佐々木は川村のことすっごく頼りにしてると思う」

「もしかして『言わないだけで』ってこと?」

「そうだ!和美!フォローありがとう!」

そうかもしれない。

近すぎて気づかなかったけど。

ああ見えて政宗は口下手だから。意地っ張りだから。
下手にプライド高いから。

「なんか元気でてきた!」

「それはよかった」

みねぎーが笑顔をボクに向けた。

「じゃ、ジュースおごってくれよ!」

「渡辺は調子いいんだから」

政宗に会ったら笑顔で言おう。

『不満があるなら言ってよ。
少しはボクに頼ってよ』
って。

鼻で笑われたっていいんだ。
言わなければ何も始まらないから。

政宗ができないなら、
ボクがやる。

ボクができないことを、
政宗がやればいい。



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