sk3 「ここにいるから」



これは……おれ、渡辺良太が中学生の時の話だ。

「ふふふん〜♪」

入学式でうきうしていた。
桜が舞っているからかもしれない。
新しいことがはじまる期待で胸がいっぱいになっていたのだ。
だからなのかわからないが、おれは勢いよく転んだ。
よく前方不注意とか、前を見て歩けとか言われていたけど、
今、その言葉が痛いほど胸にしみた。
新品ぴっかぴかの制服に泥がついてしまったのが悲しくて
おれはそのまま立てないでいたんだ。
頭上を舞う桜の花びらを恨みがましく睨んでいた、と後で言われた。
晴れていたから払えば落ちるくらいの泥だったんだけど、
出鼻を挫かれた気分だったんだ。
不覚にも落ち込んじまったんだ。似合わないって自分でもわかってるけどさ。

突然、ぐいっと腕をひっぱられた。
おれは軽々と上に持ち上げられて、そのまま立ち上がらされちまった。
横には金髪で恐い顔をした男がおれの腕をつかんでいた。
こういう奴を不良というのだろうか。
背がデカイ。おれなんかとエライ違いだ。

「うっわ――!!背たけぇ!金髪にピアス!!」

つい、叫んでしまった。
しかも、ピアスがついている耳をおもいっきりつかんでしまった。
『今思うと、不良にそんなことしたら半殺しになるかもしれない』
この話を佐々木と川村にした時、そう言ったことがあった。
『それ以前に初対面の相手にそんなことしないよ』って佐々木に言われた。
笑顔なのになぜか、佐々木からは不機嫌そうな雰囲気がつきまとっていた。
佐々木はいつもそうだ。
なんかわかる。
おれのこと好きじゃないって。
いつか……不機嫌になるんじゃなく思ったことを言ってほしい。
でも、これは内緒な。
たぶん、これが佐々木をイラつかせる原因なのかもしれないから。
おれバカだから、よくわかんないけどな。
『渡辺は本当に迂闊さんだねぇ』
あいかわらずの軽い口調で、川村が言ったのを思い出して腹立ってきた。
川村ははっきり言っておれのことをおもちゃかなんかと
勘違いしてるんじゃないだろうか?
からかって遊ばれてる。
だけどさ。
いつも、笑顔の裏側で心に辛いことも悲しいことも……
そして、楽しいことも押し込めてるんじゃないだろうか?
本当に笑わない。本当に悲しまない。
それで、楽しいのかな?って思う。
猫耳はそれに対しての抵抗って気がする。
うわ!そんなこと考えつくおれアッタマいい!!

んで、話は戻るけど、耳つかんで叫んだおれに対する反応が意外なものだったんだ。

「あぶない」

車がおれのすぐ隣を走っていく。
どうやら轢かれそうだったらしい。
金髪不良に命を助けられた。

「助かった!ありがとな!おまえは命の恩人だ!」

金髪不良の耳をつかんだまま言った。
金髪不良はおれの腕を離し、おろした。
しかし、おれは手を離さなかった。
耳をつかんだまま、というおもしろい格好が続く。

「離して」

金髪不良は無関心に言う。

「あ!もしかして、おまえ、おれと同じ中学か?制服も同じだし、今日入学式?」
「ああ」
「じゃ、一緒にいこうぜ!」
「いや……」
「ほら!遅刻しちまうぞ!」


それが出会い。
偶然にも同じクラスだった。
「おまえの名前、和美(かずみ)っていうのか?」
「違う。和美(かずよし)」
「おれこれからおまえのこと、和美(かずみ)って呼ぶから、おれのことは良太って呼べ!」

何にも言わずに離れていったけど、肯定の色が瞳の中に見えた気がした。


それから、しばらくして和美は学校に来なくなった。
噂では昼間から不良仲間と町を歩いているらしい。
おれはバスケ部に入ったせいもあって、和美のことを頭から追いやっていた。
新しい環境に慣れることで精一杯だったんだ。

雨の日の道路だった。

「和美じゃないか?!こんなところでどうしたんだ?!」

ずぶぬれでボロボロになっていた。誰かとケンカしたことは明らかだ。

「血でてる……!!」

それでも、和美はそこから動こうとしなかった。

「病院いこう!!」

「病院はイヤだ!!」

『病院』という言葉に和美は過剰反応した。

「わかった。うちこい」

和美に肩を貸した。
だけど、背の高さが違いすぎて、ひきずるように連れて行った。

おれの家は花屋だ。

「母ちゃん、ただいま」
「おかえり、良太……ってどちら様?」

花屋の自称看板娘(その齢で…?)のうちの母ちゃんだ。
結構な美人で通っているらしいけど、おれにはただの怒らすと恐い恐い母ちゃんだ。

「同じクラスの峰岸」

そこに、ひょこっと兄ちゃんが顔を出した。
「うわっ、ひでぇ傷。どうしたんだ?」
兄ちゃんは医大生だ。実はあてにして帰ってきたのだ。

「兄ちゃん手当てしてくれ!」
「わかったから、弟よ!そんなに強くつかむな!痛い」
「ホントか?!じゃ、早く!」
「ケンカか〜?血気盛んだねぇ」

ちょっと変わった兄であることはこの際、横に置いておこう。
兄ちゃんはテキパキと傷口を消毒したり、包帯を巻いたりした。

「今日は泊まっていってもらえ。絶対安静。良太、ふとんひいてやれ」
「ありがと、にいちゃん!」

頭をくしゃくしゃと撫でられた。

「お安い御用」

こういう時だけ、兄ちゃんがいてくれてよかったと思う。
ふとんに和美を寝かすと、

「おかゆ作っておいたよ。食べさせてあげなさい」

母さんが顔を出した。
今までどこ行ってたかと思ったらおかゆを作っていたらしい。
おかゆを受け取る。

「和美、食べれるか?」
「……」
「まだ、どっか痛むか?」
「あったかいな……」
「ああ、おかゆ?」
「いや……」
「あっそうだ、家の人心配してるか?電話かけるけど」
「いないし、心配してるわけない」
「そんなわけない?!家族だろ?!」
「父に出て行けと言われた」
「……なんでだ?」
「俺が気に入らないからだろ」
「お母さんはなんにもいわないのか?」
「父に従うばかりだ」
「そんな!他に家族はいないのか?」
「あいにくと3人の血の繋がっただけの他人がいるだけだ」
「うちに帰りたくないのか?」
「ああ。待っている人なんていないから。俺なんかいなくなってもいいんだ」

和美は弱々しくて、瞳は空虚だった。
ケンカの理由もそこからきているのかもしれない。
寂しくてむしゃくしゃして。

和美の心はいまものすごく遠くにある。

「おまえはここにいる!!」
「!」

和美がおれのほうを向いた。

「おれだってここにいるから!」
「ここにいる……から?」

和美がその言葉にだけ反応した。

「おまえを待っていてやるから、いなくなるなんて言うな!!」

感情が高ぶって目の前が真っ赤になる。

「待っててくれる……?」
「ああ!!」

おれがいるから問題が解決するわけでもないけど、
いないより、いた方がいいだろ?

その時、峰岸和美の笑顔をはじめて見た。



「……た……りょ……うた……」

誰かにバシっとおでこを叩かれた。
「いでっ!」
「何寝てんの良太」
「あ、和美」
「部活行かなくていいの?」
「そっか、放課後」

いきなり気分が中学生から高校生に戻った。
目の前の和美が成長している。

「中学の時のことを夢に見てた」
「もしかして、俺のことも?」
「うん。和美は和美だった」

和美が変な顔したんで、おれはおもいっきり笑った。

「お〜い!!いい加減遅いから来てみれば」
「ちなみに、今日からテスト一週間前だから、部活はないよ」

川村が叫んで、眉にシワを寄せて佐々木が言った。
ちなみに、おれと和美、佐々木と川村が同じクラスだ。
全員同じクラスになればよかったのに。

「あ、そういえば、俺の家で勉強会するって約束してたっけ」

和美が思い出したように言った。

「だったな!すっかり忘れてたぜ。じゃ、レッツ・ゴー!」



やっぱり、自分からも動こう。
待ってるだけなんて、おれの性に合わないから。



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