sk1 「僕らの理由」


※佐々木を飛んで『川村』を読みたい方


―――――佐々木政宗


朝起きて部屋のカーテンを開ける。いたって普通の行為だ。
その窓の先にアイツさえいなければ!!
窓がまだしまっているから声は聞こえないが、口の動きでわかる。

『おはよう』

窓を開けて頬杖をついてこっちを見ている。
その人物と目が合う。
目が合うと勝ち誇ったように笑った。
今は朝の6時だ。高校は8時30分から始まる。学校まで歩いて10分。
こんなに早く起きる意味はない。
だけど―――。

「また負けた!!」

俺は近所迷惑にならない程度に叫ぶ。
向かいの窓で、勝ち誇った顔をしているのが川村昇(かわむら しょう)だ。
俺の幼馴染だ。
そんなこと言うのも嫌だが。
悔しそうな俺の顔を見て喜んでいる悪趣味な人間が幼馴染みだなんて最悪だ。
家が隣でなければ幼馴染みにならなかったのにといくら言っても事実は変えられない。
しかも、昔の幼馴染のように、部屋の窓が向かい合っているのだ。うまい具合に。
2階で窓が隣り合う位置がなんで俺の部屋なんだ
……両親の陰謀を感じる。

昇が500mくらい先にいて、不服そうな顔で手を振りながら何か叫んでいる。
仕方なく俺は窓を開けた。

「おまえ、いつからそこにいるんだ」
「ひ・み・つ★ 政宗の負けず嫌いはあいかわらずだねぇ」

余裕の笑みが腹立たしい。
なぜか、窓を開けるといつも昇がいる。
俺はそれがすごく悔しい。

だけど、窓の先にいなかったら寂しい気もする。
それをわかっているのか、わかっていないのか。
軽くて能天気そうに見えるのに、その笑顔の下で何を考えているのかわからない。
つかめない性格。ハーフだから髪は茶色、瞳はグリーン。身長も高い。
女にもモテる。
チャラチャラしていてうるさい女共にいつも愛想を振りまいている。
よくも、まあ疲れないなと関心もすることもある。認めたくはないが。
差別は良くないから言っておくが、チャラチャラした軽そうな男共も俺は好きじゃない。

話が戻るが、昇はハーフで父親がアメリカ人のくせに英語が全然しゃべれない。
あの外見で笑える。
実際、目の前で鼻で笑ってやったが。
俺が思うに……昇が英語をしゃべらないのは両親へのささやかな抵抗のような気もするが。

「政宗、今良くないこと考えてるでしょ?」
「はっ、何の根拠にしてそんなことを」
「長年付き合いでのカンじゃないかな?」
「自意識過剰だな」

そう言って俺は昇に背を向ける。
その足で1階に降りる。
「あら、政宗。おはよう」
台所では母親がエプロンをしていた。
フリフリのエプロンだ。いい歳をして、と俺は思う。
だが、その笑顔は少女のようだ。
童顔で高校1年生の子供がいるようには間違っても見えない。

「今日は目玉焼きよ」
「今日もの間違いじゃないのか?」
「政宗、ひど〜い!」

この母は料理音痴で最近やっと目玉焼きがまともに焼けるようになった。
もっぱら料理は父がしている。
だからといって、母は家事ができないわけではない。料理だけできないのだ。

「こら、母さんをいじめちゃダメだぞ」
まるで青年のような若々しいコレが父だ。
夫婦二人で並ぶとまるで新婚夫婦だ。

「ああ!あたな焦げちゃうわ!」
「本当だ!危なかった〜」

父がホットケーキを焼いていた。
なぜ、ホットケーキ……。
スーツでフライパンを持つ父の姿にやりきれない気持ちになる。

「焦げなくてよかった。ありがとう」
「いいのよ〜」

今でもその熱々ぶりに俺はただ呆れるだけだ。
ちなみに、父はサラリーマン。母はパート主婦だ。
いたって普通の家だ。
「おはようございます。お兄様」
妹の夢子が何の表情も変えずにパクパクとホットケーキを食べていた。
そっくりだ、と言われたことがある。確かに似ていないとは言わないだろう。
兄妹だ、とわかるくらいには似ている。

うちの朝は、いつも早い。無駄に早い。

「今日も昇さんに負けたようですわね。声が聞こえていましたわよ」
「うるさい。次は必ず勝つ」
「その台詞、毎日言ってて飽きません?」
「なんで飽きる必要があるんだ?」
「まぁ、がんばってください」

淡々とした兄弟だ。
それ以上の会話はない。
両親の楽しそうな掛け合いだけが横から聞こえてくる。
言っておくが、妹の言葉遣いがいくらお嬢様みたいだからといって、うちは金持ちじゃない。
さっきも言ったが、いたって普通だ。
父の稼ぎは悪くはないが、善良な一般市民だ。
夢子のはただの癖だ。
金持ちというのは昇みたいな家のことをいうんだと、俺は常々思っている。



 ―――――川村昇


ボクは向かいの窓の閉じたカーテンを見ていた。
あのカーテンが開くと面白いものが見れる。
朝の楽しみの一つだ。
そんなことを言ったら、まず間違いなく「悪趣味」と言われるだろう。
窓の先の待ち人に。

と、カーテンが開く。
その人物と目が合い、ボクは口を『おはよう』と動かした。
どうしても笑いが抑えられずにニヤニヤしてしまうのが自分でもわかる。
頭を抱えて悔しがっている姿を見て、ボクはクスクス笑った。
予想では『また負けた!』と言っているに違いない。
その人物は佐々木政宗(ささき まさむね)。
幼馴染み。

政宗は気づいていないが、目覚ましの音が大きいのだ政宗の時計は。
隣の家のボクの部屋まで聞こえる。
それで、ボクは起きる。
だけど、その後、きっかり1分、政宗は起きられないのだ。
低血圧が関係しているのかもしれない。

政宗がなかなか窓を開けないのでボクは手を振った。
「低血圧のま〜っさむね!窓開けてよ〜」
と叫びながら。聞こえていないので言えることだけど。
観念したように政宗は窓を開けた。

「おまえいつから、そこにいるんだ」
「ひ・み・つ★ 政宗の負けず嫌いはあいかわらずだねぇ」

不機嫌そうな顔をしているけど、実は嬉しいんだとボクは思ってる。
この顔を向けるのはボクにだけ。そう思うと嬉しくなる。
ボクがいなかったら寂しいと思うんだろう、政宗は。
寂しがり屋だから。素直じゃないだけで。

学校では優等生。
親しい人の前では俺様王様。
ちっちゃくてメガネ。
ボクと違って日本人特有の黒髪黒目。

『かわいい♪』と前に1回からかったら、殴られた。
政宗は強い。空手やってたし。
ボクも一緒にやってたけど。
どっちが強いかは……まあ、それはまた後で。

政宗がいつものように素直じゃない発言をして1階に降りていったので
ボクも朝ご飯の支度をしに1階に向かった。

カーテンが閉まっていて暗い。
人の気配がないリビング。
しかも、広い。物悲しい雰囲気だけがただ、そこにある。
ボクはカーテンを開けて陽の光を入れた。
父は海外。母もどこかの社長で家にほとんど帰ってこない。
ボクが小さい頃からずっとだ。

「兄貴、おはよう」

妹の絵理衣だ。
茶色の髪に瞳。父親の緑色の瞳は受け継がなかった。
うらやましい、と思う。
母親の黒髪と黒目で生まれてくればよかったのにと思う。
父親の髪と目の色なんてそのまま引き継がなくていいのに。
日本ではこの髪と瞳は目立ちすぎる。

「元気ないね? どしたの?」
「そんなことないよ。いい朝だね」

絵理衣は不振な目でボクを見ていた。
きっと、考えていたことを読まれているんだ。
それは、きっと絵理衣も感じたことのある気持ちだったから。

『帰ってきて』

その一言が口にできない。
両親に期待するのはとうにあきらめている。
それなのに、考えてしまう言葉。

「ホントに大丈夫?早く支度しよう」
「大丈夫だよ。ほら、台所行こう」

これが大丈夫じゃないなら、ずっと前から大丈夫じゃない。

その時、玄関を開ける音がした。

「ショーウ!うちのバカ両親がホットケーキ作りすぎたから
食べに来いだって!」

政宗が叫んでいた。

「やったー!夢子のパパの料理だ!兄貴、私着替えてくるね」

絵理衣が嬉しそうに走っていった。

「おーい!ショウ!」

「今行くよ!」

父や母のいる食卓。にぎやかな食事。
憧れているものがすぐそばにあって、嬉しい。
だけど、自分のものじゃないから辛い。

「何してんだよ!ボーとするな。せっかく俺様が呼びにきてやったんだ!」

政宗と話すとそんなことどうでもよくなる。
それでいいんだと思う。


ボクは笑った。


|next|