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 Only the memory 7


「お待ちいたしておりました」

 門番がめもり達が来るのをみて、駆け寄ってきた。

「あちらです。少し歩きますが」

 門番は申し訳なさそうに、彼は言った。

「ここは平和ですね」

 申し訳なくなんてないのにな、と思いながら、めもりが世間話を始めた。

「門と、この暖かい気候のおかげです。危険なものも入ってこないし、植物も良く育って食料にも困りません」

「この村の人はすごく幸せそうに見えます」

「みんな、そうあるように努力しているのではないでしょうか?」

「努力ですか?」

「努力をしなければ、人は争わずに生きていくことはできないと思います。例え覚えていなくとも、人は少しのことでイライラします。でも、自分や相手の思いやりでそれを回避することができます」

「争う努力じゃなく、争わない努力をしてほしいよね」

 ビットがつぶやいた。

「人は、相手を憎むこともできますが、愛することもできます。愛する努力を忘れなければ、人は幸せになることができるような気がします」

「それは、経験談ですか?」

「わかりません。覚えていないのですから」

「幸せはや平和は人によって違うけど、戦争の目的はひとつ。簡単だから、みんなやるだろうね」

「悲しいな。俺は、幸せや平和の方がいいと思うけど、人間は戦争をしてしまうんだ」

「する人や時代ばかりじゃないけど、いままでの人間の歴史は戦争の歴史が多いよね」

 げんなりしながらビットがぼやく。

「なんで、人は争うんだろう?」

「覚えているからさ」

「え?」

「覚えているから、人は争うんだと僕は思うよ」

「ビット?」

「この世界は、メモリみたいな平和を愛する人間には、最高の世界だと思うよ」

「覚えているから? 人は覚えているから、争うのか?」

「それだけじゃないと思うけど、僕はそう思ってる」

「うそだ! なんでだ?! 覚えてるってだけで人は争うのか?!」

「メモリ、落ち着いて。僕の考えだから。そうと決まったわけじゃない」

「だけど、それが本当なら、この病は完治しないほうがいいじゃないか! ビットだってそう思ってるだろう!?」

「落ち着いてよ! 僕は、覚えてる世界で戦争が起こらないことが一番だと思うよ! それに、僕は覚えていたい! 君のことも、親の顔さえ思い出せないなんて、もう嫌だ!」

「お二人とも、そろそろ家に着くのですが、お話はまだ続きますか?」

 強い声だった。門番は、大人のしっかりした人だった。

「ごめんなさい」

 ビットがしょんぼりして謝った。
 めもりは、取り乱して怒鳴ってしまった自分の子供っぽさが恥ずかしくなった。

「謝ることじゃありませんよ。ビットさんは素直な方ですね。妻が夕飯を用意しています。どうぞ」

「おかえりなさい」

 門番の奥さんが笑顔で迎えてくれた。

「ほら、君も挨拶して」

 門番が小さな子供に促す。

「こんにちは!」

 少年は元気良く挨拶した。

「君? 名前は呼ばないんですか?」

 めもりが不思議に思って尋ねた。

「我が家では、名前は呼ばないんです。どうせ明日には忘れてしまうので」

 名前がなければ生きていけないと思いこんでいためもりは軽い衝撃を受けた。

「暖かいスープとパンがありますよ」

 季節は寒さを感じ始めた秋だ。優しい門番家族に促され席につく。めもりは、暖かいスープを飲むと、なぜか涙が出た。

「メモリ? どうしたの?」

「……っく」

 めもりの声は声にならない。戦争や自分だけが覚えていることに、重荷を感じていた。今まで一人で旅をしてきたが、受け入れてくれる人のいる暖かさに気が緩んでしまったのだろう。ビットの存在も大きい。自分に無条件についてきてくれた彼はめもりをビットにできる最大限で気遣ってくれる。ビット自身は忘れてしまうのに、だ。

「……俺は、この世界を忘れない世界にするために、旅に出た。でも、今は思う。本当にこの世界は間違ってるのか、と」

「メモリ、それは……」

「この世界を壊す権利が俺にあるんだろうか。俺はこの世界を滅ぼす人間なんじゃないだろうか?」

「メモリ!」

「いいんだ、ビット。それ以上言わなくて」

「メモリさん、私はその問いに答えることはできませんが、もし、覚えていられる世界になったら、きっとその中で、私達の一番いい答えを探すでしょう。平和でこの生活を守れるように努力するでしょう。だから、貴方は貴方の思った通りに行動していいと思います。それが、メモリさんの生き方です。誰もそれに文句をつけることはできませんよ」

「ご飯は食べられないわね。ベッドがあるから、そっちに移動しましょう」

 泣きじゃくるメモリを門番の奥さんは優しく案内する。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 門番の子供が不思議そうに尋ねた。

「辛いことがあったんだよ。そして、彼の進む道には困難が多いんだ」

「辛いこといっぱいなの?」

「そうなるね」

「じゃぁ、応援しないとね!」

「そうだね」

 ビットはうつむいて、微動だにしなかった。手を白くなるくらい握りしめている。

「……僕は信じてる。メモリがこの世界を覚えてる世界にしてくれるのが正しいと……」

ビットのつぶやきは誰にも届かなかった。



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