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 Only the memory 5

 ビットを後ろに乗せて、めもりはバイクを走らせていた。鬱蒼とした森の中だ。基本的に、この世界には、森に呑まれた廃墟や村、街しかない。かろうじて道路が残っていればそこを走り、なければバイクを引いて歩くしかない。だが、ビットに会ってからは、道路が残っている道を過去のビットに教えてもらっていた。日記に書いてあったのだ。中央の街からビットの住んでいたところまでの道程が事細かに書いてあった。当の現在のビットは何も覚えていなかったが。

 ビットをバイクの後ろに背中合わせに乗せて、ビットがアプリを膝の上に乗せていた。旅は順調に進んでいるようにみえて、めもりの心の中は荒れていた。めもりは正直、うんざりしていたのだ。ビットの記憶がリセットされるたびに、忘れることのないめもりとの出会いに大騒ぎだ。最初は我慢していたが、どんどん我慢ができなくなっていった。ビットにとって初めてでも、めもりにとっては何度目になるか、わからないのだ。毎日なのだ。これからも、ずっと続くと思うと、気が狂いそうになる。

 正直に話すとある日のビットは言った。

「僕とメモリが一緒にいることは必然で、驚いたり騒いだりしないでほしいって明日の僕に言ってほしい」

 その言葉を聞いてから事情を説明すると、ビットは何も言わなくなった。必然の意味を充分にわかっているようだ。覚えられない、に言語の意味は含まれないのだ。



「覚えていられることがどういうことか教えてほしい」

 ある日、めもりはビットからそんな言葉を受け取った。

「どういうこと……って言われてもなぁ」

「メモリは何を覚えてる?」

「何って言われてもなぁ。生まれてきてからの大体のことは覚えてる。自分の名前、両親の顔、隣にすんでる人の顔とか。ビットみたいに名前があれば、それも覚えてる」

「いつ生まれてきたの?」

「子供の時のことなんて覚えてない」

「覚えていられるのに、覚えてないの?」

「記憶には限界がある。印象に残ってることしか覚えられない」

「僕が思っていたより、記憶とはちゃんとしたものじゃないのか?」

「生まれてから全てのことを詳細には覚えていない。ちゃんとしたものかといわれると、ちゃんとしていないと思う。全て覚えていると考えると寒気がするよ。ただ、今一緒に旅してるビットの名前も顔も忘れないけどな」

「なんで寒気がするの?」

「何かの本で読んだんだ。忘れるから人間は生きていけるって。事細かに全部覚えていたら、いろいろパンクすると思うよ。実際に稀にそういう人もいたらしい。そして、記憶が80分しかもたない人もいたみたいだ。事故で脳になんらかのダメージを負った場合らしいけど。記憶関連の本ばっかり読み漁った。図書館の検索機能と、電子本の機能が生きてて良かったと本当に思ったよ」

「僕はメモリのことを完全に忘れてるわけだけど」

 ビットは本を読み漁って、それを普通に覚えていられるめもりが羨ましかった。要するに嫉妬したのだ。だから、棘のある言葉をめもりにプレゼントした。

「いまそんな話してなかったよな? 無神経だとは思わない?」

「無神経じゃないと、何かいいことあるの?」

「いや、無神経だったことないから知らないけど」

「忘れてしまっても、僕は僕だよ。ただ、ここで生きてる。今はメモリと旅してる。それだけ。例えメモリが覚えてられる人だったとしても何も変わらないさ」

「えっ? 俺に酷いこと言って謝罪しないの? 誤魔化してない? 覚えてられることって俺のせいじゃなだろ?」

「さあ、休憩は終わりだ! 早く僕をバイクの後ろに乗せてくれ!」

「まったく! 時々、忘れる君らが心底羨ましいことがあるよ」

 そう言うめもりは楽しそうに笑っていた。

「あ、それともう一つ。メモリは人を好きになったことがある?」

「そうだな。初恋は実らないものだよ」

「あるんだ。結婚は考えなかったの?」

「考えたけど、その前にこの旅に出ちゃったからなぁ」

「ふうん。じゃ、もしかしてメモリが忘却病だったら、その人と結婚してたかもね」

「ビットは? みたところ、結構、年がいってないか?」

「いやあ、それがね、させられようとしてたところを逃げてきたみたいなんだ。僕が一人でいた村は、紙の本の宝庫だって日記に書いてあったらきたんだけど、こんな遠くまで逃げてくるなんてよっぽど、その人がイヤだったのかな〜なんて思うわけだよ。覚えてないけど」

「ビットの住んでた村も経由するみたいだけど、いいの?」

「会えばはっきりわかるかも。メモリに覚えておいてほしいし、寄ってほしいな」

「何がそんなに嫌だったんだろうな」

「それは、僕も知りたいような……知りたくないような」

「とにかく、俺一人で先に様子見てきてもいいし。ここから二つ先の村だしな。バイクでも結構かかる。よく歩いて辿りつけたよな。ある意味尊敬する」

「覚えてはないけど、日記にはある。偶然と奇跡の連続だったみたいだ」

「そこは読んでない。今度、読ませてくれ」

「もちろん! 僕の日記に興味を持ってくれるなんて嬉しい!」

 ビットといると安心する、とめもりは心の底から思った。



 ふと、めもりは思ってしまった。ビットと二人で旅をして二週間は経っている。だが、不自由を感じなくなっていた。むしろ、ひとりで旅するよりも、楽しい。ビットだったからというのもあるかもしれないが、記憶はなくても困らないんじゃないか、という気がしてしまった。人間は順応する。記憶がなくなれば、どうやって生活していくかを考えて、不自由なく暮らせるようにする。ビットがいい例だ。今のままでもいいんじゃないか、とめもりの心はビットに出会って揺れていた。今までの絶対に記憶を取り戻したいという気持ちに迷いが生まれていた。





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