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 Only the memory 16

「なんで、なんで……!」

 めもりは下を向いて涙をこらえていた。カレンから案内された客室のベッドの上に座り指を胸の前で交差させていた。

「記憶ができる世界では戦争が起きていた。そして、憎しみに溢れていたっていうのか?! だから、忘却病のウイルスは広がったっていうのか?!」

 忘却病ウィルスを発見したフォーカス夫婦の妻であるマザーの出てきたビデオを観ためもりは、迷いの中にいた。

 記憶できるというこはいいことだけではないのだ。それによって、悲しいことが起こり続けている。それが全てというわけではないが、それが歴史というものだろう。

「俺の独断で決められない。決めていいとは思えない」

 今まで会ってきた人たちの顔が浮かぶ。

「どうしたらいいんだ……」

 めもりは悩みの渦の中にいた。グルグル廻って抜け出せない。

 整理しよう。めもりは頭の中で考える。

 ビデオの中に出てきたマザーが迫った選択が頭をよぎる。

『 この世界はこのままがいい?
 私の想像でしかないけれど、その世界は平和ではない?変える必要はある?』

 彼女の真剣な言葉がめもりを惑わせる。

『この世界は元に戻った方がいい?
 元に戻り、人は裏切り、戦い、いがみ合い、領土や富を奪い合い殺し合い続ける状態に戻った方がいい?』

 この世界で生きている人たちが、不幸せだとは思えない。

 めもりはそう感じていた。この世界は、記憶がないなりに機能している。人間は環境に慣れることができる。

「忘却病に抗体のある俺の血で血清を作れば、忘却病を治せるかもしれない。でも、それは、誰かを不幸せにするかもしれない」

 この世には、誰もが幸せになる方法なんてない。

 混乱の最中にいるが、足の向くまま、めもりは本がたくさん置いてある部屋に入った。

「書庫かな。すごい量の本だ……とっ」

 本棚に肩が当たってしまった。その拍子に一冊の本が落ちた。偶然開いたページにめもりは目を奪われた。

『はじめまして。僕の懺悔を聞いてくれるかい? 読んでくれるかい?かな。
 たぶん、僕は親友に恨まれている。妻と親友は昔、好き合っていたと思う。
 とても仲の良い幼馴染だったんだ。僕も妻が好きだったから、抜け駆けしたんだ。
 告白したよ。振られても何度も。親友は振られ続ける僕に遠慮して、妻に告白することができなかった。
 よくある三角関係だった。妻は行動を起こさない親友に焦れて、僕の告白に応えた。
 今でも思う。親友が本気で妻に告白したら、僕は負けていたと思う。これを見てる君はどちらだい。
 好きだって言わずに終わるかい?
 それとも当たって砕けるかい?
 親友はいまだに一人だ。
 研究も上手くいき、世間からも注目されていた僕を妬んでいるようだ。
 共通の友人にこぼしていたと聞いた。
 全員が、全ての人が、完全に永遠に幸せになる方法はないようだ。
 相性なおか、僕と妻の間には子供がいない。姪っ子や甥っ子はたくさんいるけど。
 これを見ている君も、誰を幸せにしたいか、選択を間違えないようにしてほしい。僕のように』

 そこで終わっていた。こんな本の一ページに書くしか思いの丈を吐き出す方法がなかったのだろう。

 状態から考えるに、マザーの夫が書いたものだろう。

「僕は誰を幸せにしたいだろう」

 めもりはつぶやいた。

「これを書いた人が選択を間違った、とは思えない。妻と結婚したってところは特に。この人は妻を自分の手で幸せにしたかっただけだろうから。それは間違いじゃない」

 ただ、その選択が、忘却病の感染を拡大させる原因になっただけだ。不幸な偶然によって。

「どうしたいだろう。僕は。誰のことを考えて選択すればいいのだろう。この人と同じく、カレンの一番の幸せを願えばいいかな」

 それは違うと、めもりの中の何かが叫ぶ。

「カレンに何も伝えてない。そして、伝えても意味がない」

 明日には忘れているから。それは、どうしようもないことで、伝えないということとは違う。

「覚えていられる世界になれば、きっと俺はカレンに告白するだろう」

 迷うことなんてないはずだ。

「でも、それは、俺の幸せだ。世界中の人の幸せは考えてない」

 マザーのビデオでの言葉がめもりの耳に反響している。

『人は裏切り、戦い、いがみ合い、領土や富を奪い合い殺し合い続ける状態に戻った方がいい?』

 めもりは本棚を拳で殴った。本がバサバサと落ちる。

「……っ! どうしたらいいんだ」

 苦しそうにつぶやいた言葉は、誰にも届くことはなかった。



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