「それじゃ、忘却病について話すよ」
自分の日記を開き、準備万端だ。そこには、忘却病についてまとめられた日記があった。ビットの真剣な顔につられてめもりも神妙な顔になる。生徒のように従順にビットを待った。
「その前にひとつだけ」
カレンがビットの話を止めた。カレンは『忘却病と私』をパラパラ読んでいて、読み終わったようだ。
「メモリのことを話してほしい。貴方の記憶について教えてほしい」
「俺の記憶?」
「そう。あなたの記憶」
「僕の記憶のどんなことを教えてほしいの?」
「そういう質問がくるということは、記憶というのは、完璧なものじゃないのね」
「どういうこと?」
「今までのことを全て覚えている? 昨日、私がどんな色の靴を履いていたとか」
「全て? 印象的なことは思い出せるけど、全ては思い出せないよ。カレンがどんな靴を履いていたかは覚えていない」
「ちなみに、私の昨日の靴は今日と同じ靴よ。記憶とは曖昧なものなのね。覚えているといっても、自分が困らないレベルの話ということね」
「そうみたいだ。そんなこと全く思い浮かばなかった」
めもりは驚いた顔をすると共に、カレンの聡明さに心を打たれていた。そんなめもりを横目でじーっと見つつ、ビットは忘却病の話を始める。
「僕の仮説なんだけど」
ビットは準備運動のように、息を大きく吸い込んだ。
「人間の脳にある新しく記憶をする場所を海馬というんだ。その短期保存をする海馬という場所から長期保存をする大脳皮質へ行く際に、何か障害が起きているのが忘却病ではないか、という気がするんだ。これは、あくまで僕の仮説で、研究しているわけじゃないし、知識も少なすぎるから、事実かはわからないけど」
「海馬? 大脳皮質?」
めもりは混乱していた。難しい用語が出てきて、理解することができなかった。
「図解があるとわかりやすいんだよね、これを見てわからない? 図鑑のページを破ったんだけど」
ビットは困った顔で、破ったページをめもりに渡した。そこには、脳の略図があった。
「メモリには難しいかな?」
速攻で、めもりは頷いた。
「うーん」
ビットは悩み出す。カレンは、傍観している。なぜなら、忘却病の知識の記憶がないためだ。彼女が忘却病でなければ、ビットより正確にめもりに忘却病について自分の仮説を語っていただろう。
「簡単に言えば、新しい本を手い入れるだろう? 表紙を今日の忘却病の話だとする。その本はメモリにとって重要だろう? だから、本を読んでいる机から少し遠くにある本棚に入れるんだ。例えば、カレンの靴の色といった重要じゃない本や紙はその場で捨てるんだ。重要じゃないから本棚には入れない。本棚に入れた本はまた取り出して読めるだろう? それが、記憶だ。メモリは本棚から本である記憶を自由に取り出すことができる。でも、僕らはどうだい。本棚までなんらかの障害物があって、本棚から本を取り出せない状態である、ということだ。それか、本棚自体が破壊されている状態かもしれない。ただ、間違いなく、本棚に入れるという行為までは行われているような気がするんだよね。自由に取り出すということができないだけで。でなければ、今の人々の状態に説明がつかない」
ビットは冷静を装って興奮気味に話している。自分の仮説を話せることが嬉しくて仕方ないのだ。その証拠にいつもよりずっと饒舌だ。
「わかったかい?」
「なんとなく……?」
「メモリはもう少し勉強しようね。覚えていられるのに」
「興味のあることなら簡単に覚えられるのにな」
事実、めもりは今の旅に使っているバイクを簡単に直していた。ビットはバイクの構造を理解することはできても、修理することは難しいだろう。めもりは、バイクの構造を誰かに説明することはできないが、感覚で覚えることができる。人には得意不得意があるのだ。
「誰もが皆そうだと思うよ」
ビットはそう言って笑った。
「私は自由に本棚から本という記憶を取り出したいの。ビットさんも同じよね?」
「前から思ってたけど、ビットって呼び捨てでいいよ。覚えてないから無駄かもしれないけど」
「ビットも同じよね」
ビットは忘却病を治すという目的が一緒の仲間ができたことが嬉しかった。だが、めもりは気が気でない。ライバル出現か、というようにビットを心配そうに見ていた。
「僕はメモリにずっと言っている。忘却病を早く治してほしいって。僕は覚えていたい!」
その願いはビットにとって念願だった。
「メモリ、私も忘却病は治せるのなら、治したほうがいいと思っているの」
カレンはノートを取り出した。あるページを見せた。
「!」
めもりとビットは驚愕した。
「これは、誰が書いたかわからないノートなの。確実なのは、私の血筋の人が書いたってことだけ。ご覧の通り、何が書いてあったかはわからないけど」
そのページは真っ赤に染まっていた。
『フォーカス家は忘却病の罪に染まっている。この罪を償う方法はない』
そう、隣のページに赤文字で書いてあった。
「ある、ビデオがあるの。それは、覚えている人間が来たら見なさいという言葉が書いてある」
カレンはめもりの目をじっと見つめた。
「見てくれる? たぶん、禄なビデオじゃないわ」
「見るよ。それが、俺の知りたいことどろうから」
「その真っ赤なページから察するに、血ぬられた歴史かもしれないね」
ビットはさっきの興奮が冷めた暗い表情で言った。
「いい話なら、こんなことしないものね」
カレンの顔色も良くない。
「例えそうだとしても、俺は、その歴史を知りたい」
めもりは、めったにしない真剣な顔をしていた。
自分の日記を開き、準備万端だ。そこには、忘却病についてまとめられた日記があった。ビットの真剣な顔につられてめもりも神妙な顔になる。生徒のように従順にビットを待った。
「その前にひとつだけ」
カレンがビットの話を止めた。カレンは『忘却病と私』をパラパラ読んでいて、読み終わったようだ。
「メモリのことを話してほしい。貴方の記憶について教えてほしい」
「俺の記憶?」
「そう。あなたの記憶」
「僕の記憶のどんなことを教えてほしいの?」
「そういう質問がくるということは、記憶というのは、完璧なものじゃないのね」
「どういうこと?」
「今までのことを全て覚えている? 昨日、私がどんな色の靴を履いていたとか」
「全て? 印象的なことは思い出せるけど、全ては思い出せないよ。カレンがどんな靴を履いていたかは覚えていない」
「ちなみに、私の昨日の靴は今日と同じ靴よ。記憶とは曖昧なものなのね。覚えているといっても、自分が困らないレベルの話ということね」
「そうみたいだ。そんなこと全く思い浮かばなかった」
めもりは驚いた顔をすると共に、カレンの聡明さに心を打たれていた。そんなめもりを横目でじーっと見つつ、ビットは忘却病の話を始める。
「僕の仮説なんだけど」
ビットは準備運動のように、息を大きく吸い込んだ。
「人間の脳にある新しく記憶をする場所を海馬というんだ。その短期保存をする海馬という場所から長期保存をする大脳皮質へ行く際に、何か障害が起きているのが忘却病ではないか、という気がするんだ。これは、あくまで僕の仮説で、研究しているわけじゃないし、知識も少なすぎるから、事実かはわからないけど」
「海馬? 大脳皮質?」
めもりは混乱していた。難しい用語が出てきて、理解することができなかった。
「図解があるとわかりやすいんだよね、これを見てわからない? 図鑑のページを破ったんだけど」
ビットは困った顔で、破ったページをめもりに渡した。そこには、脳の略図があった。
「メモリには難しいかな?」
速攻で、めもりは頷いた。
「うーん」
ビットは悩み出す。カレンは、傍観している。なぜなら、忘却病の知識の記憶がないためだ。彼女が忘却病でなければ、ビットより正確にめもりに忘却病について自分の仮説を語っていただろう。
「簡単に言えば、新しい本を手い入れるだろう? 表紙を今日の忘却病の話だとする。その本はメモリにとって重要だろう? だから、本を読んでいる机から少し遠くにある本棚に入れるんだ。例えば、カレンの靴の色といった重要じゃない本や紙はその場で捨てるんだ。重要じゃないから本棚には入れない。本棚に入れた本はまた取り出して読めるだろう? それが、記憶だ。メモリは本棚から本である記憶を自由に取り出すことができる。でも、僕らはどうだい。本棚までなんらかの障害物があって、本棚から本を取り出せない状態である、ということだ。それか、本棚自体が破壊されている状態かもしれない。ただ、間違いなく、本棚に入れるという行為までは行われているような気がするんだよね。自由に取り出すということができないだけで。でなければ、今の人々の状態に説明がつかない」
ビットは冷静を装って興奮気味に話している。自分の仮説を話せることが嬉しくて仕方ないのだ。その証拠にいつもよりずっと饒舌だ。
「わかったかい?」
「なんとなく……?」
「メモリはもう少し勉強しようね。覚えていられるのに」
「興味のあることなら簡単に覚えられるのにな」
事実、めもりは今の旅に使っているバイクを簡単に直していた。ビットはバイクの構造を理解することはできても、修理することは難しいだろう。めもりは、バイクの構造を誰かに説明することはできないが、感覚で覚えることができる。人には得意不得意があるのだ。
「誰もが皆そうだと思うよ」
ビットはそう言って笑った。
「私は自由に本棚から本という記憶を取り出したいの。ビットさんも同じよね?」
「前から思ってたけど、ビットって呼び捨てでいいよ。覚えてないから無駄かもしれないけど」
「ビットも同じよね」
ビットは忘却病を治すという目的が一緒の仲間ができたことが嬉しかった。だが、めもりは気が気でない。ライバル出現か、というようにビットを心配そうに見ていた。
「僕はメモリにずっと言っている。忘却病を早く治してほしいって。僕は覚えていたい!」
その願いはビットにとって念願だった。
「メモリ、私も忘却病は治せるのなら、治したほうがいいと思っているの」
カレンはノートを取り出した。あるページを見せた。
「!」
めもりとビットは驚愕した。
「これは、誰が書いたかわからないノートなの。確実なのは、私の血筋の人が書いたってことだけ。ご覧の通り、何が書いてあったかはわからないけど」
そのページは真っ赤に染まっていた。
『フォーカス家は忘却病の罪に染まっている。この罪を償う方法はない』
そう、隣のページに赤文字で書いてあった。
「ある、ビデオがあるの。それは、覚えている人間が来たら見なさいという言葉が書いてある」
カレンはめもりの目をじっと見つめた。
「見てくれる? たぶん、禄なビデオじゃないわ」
「見るよ。それが、俺の知りたいことどろうから」
「その真っ赤なページから察するに、血ぬられた歴史かもしれないね」
ビットはさっきの興奮が冷めた暗い表情で言った。
「いい話なら、こんなことしないものね」
カレンの顔色も良くない。
「例えそうだとしても、俺は、その歴史を知りたい」
めもりは、めったにしない真剣な顔をしていた。
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