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 Only the memory 12


「あなたが忘れない人間?」

 カレンがそう言うとめもりは、不思議そうに聞いた。

「そうだよ。どうして寝て全てを忘れたのに、わかったの?」

「寝る前にメモしてたの。メモリでよかったかしら?」

「そうだよ」

 めもりの視線はカレンから離れない。熱烈に彼女を見つめている。だが、カレンはその視線には気づいていない。
 ビットはめもりの変化に気づいていた。なぜなら変化は、迷路で離れた時に起こったからだ。記憶を保持できる1日内であったのだ。ビットはすかさず日記に書き込んだ。症状としては、ぼーとしたり、かと思えばいきなり頭を抱えて悩みだしたりしていた。完全に恋をしている症状だ、とビットは思っていた。症状は酷くなっていくばかりだ。

「あなたは?」

 カレンはビットの方を向いた。

「僕の名前はビット。僕は普通に忘れる人間だよ」

 カレンは少し目を輝かせて言った。

「一緒に旅をしてきたの?」

 カレンの瞳は外へ憧れでいっぱいだった。忘却病であるにも関わらず、旅をするビットに尊敬の眼差しを向けていた。

「そうだけど」

「外の世界はどうなっているのかしら? 私はここから出たいけれど、この病気にかかっている限り無理だから、外の世界のことを教えてほしいわ」

 ビットはめもりからの嫉妬の視線を感じていた。

「僕は忘れるから、メモリに聞いた方がいいよ」

 めもりの顔が輝いた。

「俺で良ければ教えるよ」

 平静を装っているが、かなり緊張しているようだ。

「そう、じゃあ、二人にお願いするわ」

 カレンに悪気はないが、どう見てもビットの方が物知りそうなため、また、めもりの恋心に気付いていないため、彼女はそういう回答になった。カレンはビットと同じ研究者タイプでもある。

 めもりはビットのことをうらめしそうに見つめていた。

「僕のせいじゃないでしょ?!」

 ビットの叫びは恋に惑っているめもりには届かなかった。

「その前に、僕はカレンのことがしりたいな。君は著名な本を書いているよね」

 ビットは気になっていることを聞き始めた。真剣な顔だったからか、めもりは何も言わなかった。

「悪いけど、内容について何も覚えてないわ。本は手元にあるから、私が書いたんだろうと思うけど。父や母の資料を元に書いたんだと手書きで本の一番最初に書いてあるわ」

 カレンはその本を見せた。『忘却病と私』。ここは、印刷技術が残っているから、本も印刷できてしまうようだ。

「12時になると強制的に記憶がなくなるって聞いたけど」

 ビットはとても真剣で、研究者の顔だった。

「よく覚えてないけどそうみたいね。この本に書いてあるわ。両親が生きてる頃にそう言っていたという記録があるわ。でも、12時ぴったりにというのは違うみたい。私が12時であると感じる、というのが重要なことみたい。丸一日経ったっていう感覚?」

「自分で自由に変えられるってことかい?」

「そんな簡単なことじゃないみたい。わたしの意識と無意識と本来の時間が深く関係してるみたいなの。12時で忘れるということさえ忘れるんですもの。両親は、曖昧な定義だから、仮に夜中の12時としたのかもしれないわ。一日の始まりの時間だし」

 誰かに問われても大丈夫なように忘却病と私という本の最初に書かれているの、とビットに本を渡した。読めということのようだ。

「へぇ、興味深いね」

 ビットはその内容に夢中になった。ビットが本に夢中になっている間、めもりはカレンのことが気になって仕方なかった。緊張を一生懸命隠しながらカレンに問いかける。

「カレンって呼んでもいい?」

 めもりが、照れくさそうにカレンに話しかけた。

「もちろん、いいわよ。どうかした?」

「カレンはずっとここにいたの?」

「ええ、そうよ。生まれてからずっと」

「ここから出たいと思わないの?」

「思うわ。思っても、出られない。私が忘却病である限り」

「忘れてしまうと、旅はできないから?」

「旅の目的自体を忘れてしまったら、旅はできないでしょ」

「そっか。でも、俺と一緒なら旅はできるんじゃない?」

「ビットさんのように?」

「そうだよ! ビットは忘れていても旅してるじゃないか!」

「悪いけど私はここにいるわ。いないといけないの。なぜかわからないけど、そう思うの。この忘却病である限りね」

 めもりには、カレンが忘却病に捕らわれている、と感じた。解放してあげたい、と真摯に思った。まず、忘却病を知らなければならない。

「忘却病とは何なの?」

「それは、僕から説明しようか」

「ビット」

「メモリは忘却病を無くすことに興味があっても、忘却病自体には興味がないのかと思ってた」

 って、日記に書いてあった、とビットは付け足した。

「今までは、そうだったけど、これからは違う。ちゃんと勉強したいんだ。忘却病を知らなければ、できないことがあるから」

 めもりは、カレンをちらっと見た。カレンはそれに気づくことはなかった。

 世界の行方を決めるのが、恋心なんて! とビットは頭を抱えていた。恋に狂った人間がすることは予測がつかない上に、とんでもないことを時にする。人としての道を誤ることだってある。

「じゃ、これから忘却病について話すけど、目を曇らせずに、熱に浮かされずに冷静にこれからのことを判断してよ」

「なにいってるんだ? 当たり前じゃないか」

 ビットの忠告にめもりはきょとんとしている。

「信用ならないから言ってるんだよ!」

 めもりは意味がわからないという顔をしていた。ビットは気づいていなかった、恋に浮かれた人間に何を言っても無駄だと。



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