ぼくのなまえは、あぷり。
ご主人様の名前は、めもり。
ぼくは、黒い犬だ。
今まであんまりお話に出てくることはなかったけど、ご主人様のそばでずっと空気みたいに寄り添ってた。
ご主人様とぼくが出会ったのは、二人とも若い時だ。ご主人様10歳、ぼくは産まれたばかりだった。
次の日に僕がご主人様にしっぽを振ったら、嬉しそうに言った。
「きみは、忘れないんだ!」
ぼくはその時の笑顔を忘れられない。
ご主人様は涙を目いっぱいに貯めながら笑っていた。
それでもご主人様は、ぼくの前で一度も泣かなかった。
あとで、ぼくがご主人様を覚えていることを嬉しがっていた理由がわかった。人間と呼ばれるみんなは、一日でぼくのことを忘れることを知ったから。
ご主人様は覚えているぼくのことをとても可愛がってくれた。
でも、ご主人様は、ずっと孤独だった。
だって、覚えていられる人間はご主人様しかいない。
両親でさえ、ご主人様を覚えていない。
一日ごとに、親子関係のやり直しだ、と辛そうに呟いているご主人様をみて、悲しくなった。
ご主人様は日に日に諦めていった。それは、犬の僕の目からみても明らかだった。
だけど、静かに決意していたのかもしれない。
それから、ご主人様は壊れて放置されていた古いバイクを直して、旅に出た。
目的もなくバイクを治していたみたいだったけど、目的ができたみたいだった。その時の辛そうで生気のない目をどうにかしてあげたかった。
ご主人様は、誰にも見送られることもなく、生まれてからずっと住んでいた村を出た。
それから、いろいろあって不思議な人間の同行者ができた。ビットっていう名前の人間だ。
覚えていることができない人間なのに、一緒に旅をすることになった。でも、ご主人様は、この不思議な男、ビットと旅することになって、毎日楽しそうだ。旅には涙あり笑いありだが、前よりよほど生き生きしている。とても良いことだ。
ぼくは、ご主人様の前途が良いものだといいと祈っている。そろそろぼくは八歳だ。人間でいうと四十歳だ。旅も辛くなってきた。
ぼくが願うことは、ご主人様が幸せになることだ。
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