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a diary is written 3

僕は、毎日、得意でもない肉体労働をしていた。畑を耕し、日々の糧を得ていた。

自給自足の生活だ。

月明かりで本を読み、1日で忘れ、また読み、日記をつけることでなんとか、一度読んだ本以外を読むことができた。

ただ、日記も紙で無限ではない。

紙はもう作られることはないんだ。紙だけじゃない。鉛筆も消しゴムも。

紛失の危険もつきまとう。

もしかしたら、この世のどこかでは、作られているかもしれない。

時々、行商人もこの村に寄ってくれる。

それでも、紙も鉛筆も消しゴムも、簡単に手に入れられるものじゃなく、僕には貴重なものだった。

なくなってしまう日が怖くて仕方なかった。

忘れてしまうから、今思うと、なんだけどね。

そう、僕は忘れないでいられることができたんだ。

でも、そうなるまでには、とても長い時間と、ある一人の人間の人生が犠牲になってしまった。

僕の忘れてしまう人生とは比べ物にならないほどの苦しみだったと思う。

彼との出会いが、彼の行動が、僕だけじゃない、世界中の忘れてしまう人々を変えた。

彼は、英雄だ……と言えば聞こえはいいけれど、もっと身近で彼の旅を見てきた僕は、はっきりわかる。

英雄という皮を被った犠牲者だってね。

本人は、そう思ってはいないかもしれない。はっきり聞いたわけじゃないけど、彼の苦悩は、計り知れない。

最初からね。

世界にったったひとりだけ、覚えている人間なんて、考えただけで寒気がする。

馬鹿みたいじゃないか。

たった一人だけ、覚えているなんて!

次に会ったら、また自己紹介しなきゃいけないなんて、なんて酷い世界だろう。

好きになるって積み重ねな気がする。彼以外は、積み重ねできない。好きになってもらうことができない。

自分だけが好きなんだ。そんなの耐えられない。

彼は、自分だけが覚えている世界を変えたかったんだと思う。

僕なら絶望しているけれど、彼は、それだけじゃ終わらなかったのだ、きっと。

だけど彼は、覚えている世界より、今の忘れてしまう世界の方がよかったかもしれない、って言うんだ。

どうしてなんだろう。僕にはわからない。


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