1.好きなことは悪い〜速水健太郎〜



好きになることがこんなに辛いとは思わなかった。

この気持ちをどう処理したらいいかわからない。

もう一年も経つのに、どうしてこんなに気持ちは熱いままなんだろう?

持て余す気持ちをどうしたらいいかわからない。

ハルカ先輩をどうして好きになったのか、って聞かれたらいくらでも答えられる。

だけど、どうして好きになってはいけなかったのか、と聞かれたら……言わなければならないだろうか?

男同士だから?

未来がないから?

この想いがハルカ先輩の重荷になるから?

「言っちゃえばすっきりするんじゃない?」

まるで、俺の心の声を聞いたかのように言われた一言に心臓が止まるかと思った。

「西條先輩……」

「そうやって、悩んでるより、ば〜んと告白しちゃえばいいのよ!」

「それができたらとっくにやってる」

「私達ってさ、もうすぐ卒業だよね。今は11月だけどさ、1月の期末が終わったら、学校に全然来なくなっちゃうんだよ? いいの? このままで」

「でも、ハルカ先輩は受験生で……」

「あのさ〜、私、速水がこの一年どれだけその『好き』って気持ちで苦しんできたか見てきてわかってるつもり。だから、その苦しさをハルカにもわからせてあげないといけないと思うの。だって、不公平でしょ?」

「違う! それは違う! だってこれは、俺の一方的な思いだから!」

「それこそ違うわ。責任はハルカにだってあるのよ。こうなった責任は誤解させたハルカにもある。だから、言っちゃいなさい。一緒に悩みなさいよ。ハルカはそんなに度量の狭い男じゃないわ!」

「でも、そのせいで、ハルカ先輩が受験にしゅっぱ……」

「それ以上言ったら本気で殴るわよ? わかってると思うけど、私だって受験生なのよ? 不吉な言葉を耳に入れないでね」

「……ごめんなさい」

「素直でよろしい! 告白もその調子でね」

そう楽しそうな笑顔で西條先輩は去っていった。

絶対楽しんでる……。けど、西條先輩にはその資格がある気がする。この一年、俺たち3人の放課後はずっと一緒だった。俺の思いを知った西條先輩は自分が何もできないことを悔やんではいなかったか? 西條先輩だって、苦しんではいなかったか?

西條先輩の言うことは正しいから強い。

ハルカ先輩が卒業までに俺ができることは、たった一つしかないんだ。



だから、俺はその一言を口にした。

どうなるかなんて先のことを考える暇なんてなかった。

ただ、止まらなくて、西條先輩の後押しもあって言ってしまった。

言った後、こんなことになるなんて思わなかった。

ただ、好きなだけだったのに。


その一方的な想いが相手に重荷にならない保証なんてどこにもなかったのに……。

この想いが相手を潰すことなんて考えていなかったんだ。

ハルカ先輩を不幸になんてしたくない!絶対に。


ずっとそればかり考えてきたのに……。

寝ない間はずっとそれを祈ってきたのに。

どうして、叶わないんだ!


『好き』って気持ちは暖かくてとっても幸せになれるものだと思っていた。

実際、ハルカ先輩を思うとそういう気持ちになった。

だから、好きなことは悪くない。

そう信じてたのに……。


『好き』なことがこんなにも苦しくもあるものだったなんて。





短編〜眠りの淵で〜

声が聞こえた気がして俺の意識は起きたが、体は起きなかった。

目はつぶったまま、俺は寝たふりの状態でいた。

確か屋上で恒例のお昼ねタイムだった。

暖かい春の風はハルカ先輩のようだ、なんて言ったら俺は変な人だけど。

俺の頭はハルカ先輩の肩に乗っている。意識のない人間の頭は重い。それなのに、ハルカ先輩はじっとしていて動かない。重くて肩が凝るだろうに。

その忍耐力に涙が出そうになる。耐えるってなんでこんなに美しいイメージしかないんだろう。

俺の頭を優しく撫でる手がある。

間違いなくハルカ先輩の手だ。

この人の手を俺は間違えたりしない。

「どうして眠れないんだろうね?」

きっとほのかに微笑んで言っているんだろうと思う。

癒される。その穏やかで心地いい言葉に癒される。

安心するんだ。俺は。

だから眠くなる。

俺はまた、眠りの淵に立つ。

その背をハルカ先輩に押されるんだ。

ハルカ先輩の手に悪意がないから、俺は安心して淵から落ちることができる。

俺はきっと、こういう人に出会えただけで幸せだ。

ハルカ先輩にとっては幸せなことじゃないかもしれないけど。




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