2.速水健太郎『行き止まり』



一目惚れだった。
心配そうに俺の顔を覗き込む顔に、
その優しい動作に恋をした。

俺の名前は速水健太郎。
今年高校2年生になった。
人によくボーっとしている
以前から自分は寝られない人間だった。
睡眠がうまくとれない。
だから常にボーっとしている。
睡眠の代わりに食料を摂る。
大量に摂る。
太らない体質で食べた分は全て成長にいったようで体型は普通だったが。

どうして眠れないんだろう?

疑問に思えど答えは出ず、眠れない日々は続いていった。

そんな時、会った。高校1年の秋と冬の間のことだった。
当時風紀委員だった榊春日先輩に。

「大丈夫?」
体育のマラソンの時間。
不眠のためボーッとして校門近くの電信柱にぶつかった時のことだった。
そこにハルカ先輩がいた。
先輩も体育だったみたいでジャージだった。
マラソン大会が近いからどの学年も体育の時間はマラソンだったのだ。
ちょうど時間割が同じ体育だったようだ。
「保健室に行こう!」
慌てて俺の手を引いてくれている。
暖かい手。倒れている俺を助けてくれる優しさ。
体温が低い俺とは全然違う体温だった。
その暖かさにふっ、と眠気を感じた。

保健室に着くと、先生が不在だった。
だから、ハルカ先輩が手当てしてくれた。
あまり上手くないけど、と笑いながら。
手当てされている額に指が触れるたびにドキドキした。

「はい、終わり。今度は電信柱なんかにぶつからないようにね」
にっこりと清潔な笑顔で言われて俺は急に眠気を感じた。

そのままハルカ先輩の腕の中に倒れ込んで寝てしまった。
久しぶりにぐっすり眠った。

目を覚ますと、ハルカ先輩が困ったような心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。
ずっと服のすそを手で握ったまま離さなかったようだ。
体育の時間は昼休みが終わった5時間目だった。
今は夕日が沈みかけている。
今は秋と冬の間。いくら陽が沈むのが早くなった季節に
ハルカ先輩はずっと俺についていてくれた。
それが、うれしかった。

「ふりほどいたら起きちゃうと思って」
ちょうど戻ってきた保健の先生が俺の不眠のことをハルカ先輩に話したようだ。
笑って言ったハルカ先輩をどうしようもなく好きになった。

そう、それだけは純粋な気持ちだった。
ただ、好きなだけ。

唯一の誤算はハルカ先輩が体操着だったことだろう…。
体操着だと男女がわからない。

そして、ハルカ先輩は女の子に間違われるような女顔と華奢な体つき。
俺が勘違いするのも無理ないと思わないか?

初めて制服姿を見た時、愕然とした。

男だったなんて知らなかった。

この勘違いから始まった気持ちは正しくない気持ちだった。
間違った気持ち。

だから、なかったことにしなければならないと思った。

そう、これは誤った気持ちなんだと思い込もうとした。
だから、行動に移すこともできない。

叶うこともない。

簡単にあきらめられると思ったんだ。

自分の気持ちなんだからコントロールすることができると思っていたんだ。


『好きって気持ちは止められない』


コップに注ぐ水が溢れるように限りない気持ち。
コップの中の水を何度捨ててもなくならない水源。

好きという気持ちの源はなくならない。


どうしろっていうんだ、俺に。
不眠以上に頭を悩ませるものがあるなんて知らなかった。

ハルカ先輩に「好き」って言って本気にされたことはない。

それでいいんだ。
ベタベタ触るのは抑えられない気持ちが少し出ただけ。
ハルカ先輩は変な顔をするけど何も言わない。
好意があるってわかってるから無下にできない。
先輩らしい。

正しくて真っ直ぐなんだ。
俺にはないものを持ってる。
先輩に俺の気持ちを知ってもらうことはしない。
そうすれば、先輩を傷つけたり悩ませたりしてしまう。
それは嫌だ。

俺だけの問題なんだ。
簡単にあきらめられないだけ。
これが、恋をして胸が痛いってこういうことなのだろうか?
きっと初恋。
初恋って叶うことがないんだっけ?よく聞く。

持て余してしまう気持ち。恋心。
どうにもならない恋心が行き着く先は行き止まりだから。





※超短編〜名前〜



「えっと、君の名前、速水だっけ?」

 初めて会った日、春日は健太郎に名前を聞いた。

「健太郎。健太郎って呼んで」

 初対面だから遠慮した春日だが、健太郎はそういうことを気にしないタイプのようだ。
 名前で呼んでと言ってくる。

「…わかった」

 まして、縋(すが)るような目で見られた春日はそう呼ぶことを拒めはしなかった。

「健太郎!!」

 春日にそう呼ばれるたび、健太郎の胸に暖かさが広がる。
 
 今日は眠れそうだ。

 春日に会った日はいつもそう思う健太郎だった。






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