第3話「恋の話」
『好き』 そう言われるたびに、不安になった。 言われるたびに怖くなる。 明日には嫌われていて『好き』って気持ちがどこかに飛んでいっちゃうんじゃないかって。 そうしたら、私はどうすればいいの? 私が『好き』って言われる資格があるのかわからない。 私のどこが『好き』なのか全然わからない。 どうして、私に『好き』って言うの? そう聞いたら彼はこう言った。 「好きだから好きって言って何が悪いの?」 私が『好き』って言われるたび、不安になっていることも全て見透かしてるのに! 何考えてるかわからない笑顔でそう言う。 「好きって軽々しく言うのはやめて」 極めて冷静な声で言うと、彼はあっさりそれを了承した。 言われなくなるともっと不安になった。 彼は本当にわたしのことが好きなのだろうか? なんで私のことなんか好きになったのだろう? わからない。 「生徒会選挙に立候補ありがとう」 そこには田村麻比呂こと通称麿が組んだ両指の上にあごを乗せて、生徒会長の専用机に座っていた。 彼は今期、生徒会長だ。六月とう奇妙な時期に生徒会選挙のあるこの高校で一年間の任期を今月で終える。 「佐々木君。川村君。二人とも会長に立候補してくれて嬉しいよ。で、二人はなんで喧嘩したの?」 ものすごく面白い見世物が目の前で繰り広げられたことに彼は純粋に楽しんでいた。 「喧嘩?そんなものしてませんよ?」 笑顔が張り付いてガチガチの顔で佐々木が否定した。 「そうですよ、麿先輩。誤解です」 川村はいつもと変わらない顔で言う。ちなみに、彼は演劇部で、その演技には定評がある。 「噂を聞いたんだけどね。二人が大喧嘩したから、生徒会選挙で会長を争うことになったって」 いつもの二人とはかけ離れた雰囲気に、麿はますます楽しいというように笑った。 「仲のいい二人の戦いが見モノだって、皆楽しみにしているよ。頑張ってね」 「ご期待に添えなくて申し訳ありませんが。俺達は別に喧嘩をしたから生徒会選挙に出るわけではありません」 「そうですよ。争うといっても直接対決があるわけではないでしょう」 佐々木がやっぱり張り付いたままの笑顔で言う横から川村が口を挟んだ。 「僕はそんなこと、どうでもいいんだけどね。二人が本気でやり合ってくれれば満足だよ。喜んで引導を渡すよ?」 あっさりとそう言うと窓辺に立つ。後ろで手を組み、外を見る。 「引導とは不適切な言葉です。結果が出た際やあきらめさせる時に使う言葉ですが」 佐々木がまだ張り付いた笑顔のまま言う。 「言葉の文(あや)じゃない?ブラックジョークとか言うかもしれない」 川村が真面目すぎる佐々木の答えをフォローした。 「会長って思った以上に大変だからね。他にも立候補者がいるけど、君ら二人の争いになりそうだね」 のほほんと微笑む姿からは想像もつかないが、えげつない手を使っても目的を遂行することが過去の実績より明らかになっていた。 麿の企画した学園イベントは全て成功を収めていた。彼のシナリオ通りにという注意がつくが。しかし、彼のシナリオは面白いので人気がある。 「実は君らの喧嘩した理由ぐらい検討がつくんだけどね」 麿は微笑んだ。 悪巧みしているような、人によっては魅力的な笑み。 ことの真相は、川村の一言に始まった。 「ボク、生徒会選挙なんて出ないよ?」 「なんだって?!お前に拒否権があると思ってるのか?!」 佐々木が激昂した。 「演劇部だって忙しくなるし、生徒会役員なんてできないよ」 「俺と争う気はないってことか?」 「政宗のこと手伝うよ。それじゃダメなの?」 「もう、いい。おまえとは選挙が終わるまで話をしない!!」 「なんでそんなに怒ってるの?」 「俺と正々堂々と戦うことをしない奴に話す言葉はない!」 川村に正々堂々や勝利の言葉は禁句だ。途端に熱くなる。 「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ!!」 川村は普段穏やかなだけに、怒ると怖い。 「政宗が会長になりたい理由はなんだよ!!どうせ、権力が欲しいだけだろう!!自分が上に立てれば満足か!!」 「なんだと!じゃ、おまえが会長になったらどうする気だ!!まさか明るく楽しく曖昧にじゃないだろうな!規律は守ってこそ意味があるんだ!!」 「楽しくなければ意味がないよ!!ルールだけが全てじゃないでしょ?!」 「だが、ルールが守られなければ、楽しくても怠惰なだけだ!」 「楽しいと怠惰は違うだろう?!なんで政宗はそんなに頭が固いんだ!」 「固いとは何だ!お前の頭がやわ過ぎなんだ!」 「ボクのことバカだと思ってるだろ!ボクだってやる時はやるんだ!」 「ふ〜ん、じゃ、生徒会選挙に出て証明してみろ!お前が馬鹿じゃないって」 「今だって思いっきりバカにしてるだろう!?いいよ!出るよ!そんで政宗をぎゃふんと言わせてやる!」 「ギャフン」 「意味が違う!しかも、政宗そんなキャラじゃないだろう?!つーか、すごい悔しいんですけど!!」 「キャラって何だ!だいたいお前はそいうの形式に囚われすぎだ!」 「形式に囚われすぎ?!政宗だけには絶対に言われたくない!!」 「何だって!!」 「佐々木〜川村〜不毛だからそろそろやめといたほうがいいよ〜」 二人が言い争う屋上の片隅で体育座りをしていた渡辺が口を挟む。 「二人とも申し込んできた」 ドアを開けて峰岸が入ってきた。 『はあ?』 何の事か全くわからない佐々木と川村の声が重なる。 「生徒会長選挙申し込み受理された。二人の」 「ああ!そういえば、麿生徒会長に頼まれてたっけ!かずみ、ちゃんと覚えてたんだな」 「そう。代理できたっていったらあっさり受理された」 「事後承諾かよ!!」 佐々木が怒ったような声を出した。 「喧嘩を始めた時点で出した。出る意思がある、と思ったから」 「みねぎー!!早とちり!!」 川村も叫んだ。 「じゃ、取り消してくるか?生徒会の人たちが大喜びしてたけど」 峰岸の行動に悪意がないだけに、怒るに怒れない二人だった。 「これも……あの会長の計算の内かな……」 川村が力なくつぶやいた。 「まさか……と言いたいところだが……完璧に否定できないところが怖い」 さっきまで喧嘩していた勢いもなく、二人は生徒会室に向かった。 「二人とも苦い顔になってるよ。思い出してたの?喧嘩の経緯」 そんなこんなで今に至る。 「そんなんではありません」 佐々木が真面目に答えると、川村が反撃の内容を思いついたようだ。 「そういえば、会長。氷の女王とはどうなんですか?」 にやにやした顔で麿に問う。 「どう、とは?」 「うまくいってるんですか?」 「うまく…の意味が良くわからないね」 「最近、会長のこと無視ですよね。耀姉さん」 佐々木が口を挟む。『耀姉さん』と言うのは、耀が佐々木の従姉妹だからだ。 「どうせまた、不安になった耀姉さんの不用意な発言に対して会長が失言したんでしょう?」 「失礼だね。佐々木君は」 「事実です」 いやにきっぱり言う佐々木の自信は、麿と従姉妹のことを長い間、近くで見てきた結果だ。 中学の時、佐々木は彼らと同じ生徒会役員だったのだ。 「昔から、ずいぶんしつこい恋愛をしていますよね」 川村がここぞとばかりに口を挟んだ。川村も佐々木と同じ中学で、そうなると必然的に麿とも同じ中学ということになる。二人の関係を知っているのだ。 「さっさとモノにしてください」 麿は平気な顔をしているように見えるが、川村の言葉に内心は動揺しているようだ。 「耀姉さんは待っていると思います」 佐々木の言葉にも麿は全く表情を崩さない。 「痛い……言葉だね」 しかし、ぽそっと言葉を漏らした。 「あんまり待たせすぎると愛想つかされちゃいますよ」 川村がにやにやと笑いながらシテヤッタリ!という顔をした。 「行こう」 佐々木が川村をひっぱた。そして、力強く言い放つ。 「絶対にお前には負けない」 「それはこっちのセリフだよ」 喧嘩するほど仲がいい。そんな諺を良く聞く。 「いったい…どれくらい耀と喧嘩してないんだろう」 麿は人知れずため息をついた。 「何?」 冷たく言い放つ。 日ヶ崎耀(ひがさき よう)。高校三年生。生徒会書記。氷の女王という呼び名を持つ。佐々木の母方の従姉妹にして、風紀委員西條理亜の永遠のライバルだ。 放課後の教室。耀はたった一人残って考え事をしていた。 「そんなに冷たくしなくったていいじゃない」 そこにいたのは仁王立ちした理亜だった。 「長い付き合いなんだから」 茶色の髪に爪の先まで綺麗に手入れされたいつでも自信満々な理亜。こんな風になれたら、きっと楽なんだろうと耀は思う。言いたいことをきちんと言えて、それに嫌味がない。 「長い付き合いだからって仲が良かった訳じゃないでしょ」 極めて普通に言っているつもりなのだ、耀は。しかし、周りは誤解する。冷たいとか、その言い方に傷つくとか。 「また、そういう言い方しかできない!本当っに不器用なんだから!」 長い付き合いだと言う理亜は耀のことを不器用と言う。だから、たぶんそうなのだろうと耀は他人事のように思う。 「全く……何度目?何回同じようなこと繰り返せば気が済むの?あんたと麿は」 何も答えない耀に、理亜は切れた。 「麿も麿だけど!あんたも悪い!……正直な気持ち……言えばいいじゃない」 「正直な気持ち?」 「まさか……わからないとか?」 「うん」 「あんた、どんだけなの!」 「理亜が不器用と言った。そのせいじゃないの?」 「はぁ〜〜〜。超鈍感」 「……」 「あ、いけない!永遠のライバルを諭そうとしちゃった!」 帰ろ、帰ろ、と背を向けた。 「あんたが、自分の素直な気持ちに気づかない限り、一生このままよ」 言い捨てた。そして、教室を出て行った。 「ますます……わからない」 困り果てた、耀。考えれば考えるほど思考の迷宮に迷ってしまう。 転んだ僕に誰も気づかなかった。たった一人を除いては。 「痛い?」 その女の子は僕に手を貸そうとはしなかった。 「あのね、自分で立たなきゃいけないんだって。そうしないと強い子になれないんだって」 小学校の校庭。昼休み。入学したての子供の頃。 僕は不覚にも痛さのあまり泣いていて、別に強くならなくてもいいから、起こしてくれと情けないことを言った。 その横っ面をその女の子はひっぱたいた。 「男のくせに、情けない」 僕はその時、目が覚めた。 同時にその女の子に恋をした。 それが、耀と僕との始まりだった。 その後も、結局冷たくあしらわれるだけだった。 「好きだ」って言ったら、少しだけ頬が赤くなった。 それが嬉しくて、事あるごとに言った。そうしたら、耀は不安になったようだ。 「好きって軽々しく言うのはやめて」 言われてしまって、頷くしかなかった。不安で悲しそうな顔をさせたくなかった。 言わなくなったら、耀はもっと不安で悲しそうな顔になった。 もう、どうしたらいいかわからない。 先行する気持ちが押し付けになってしまわぬようにしていたのに。 会ったらどんな顔をしたらいいかもわからない。 「麻比呂?どうしたの?ボーとして」 ひょこり、と顔を出した人がいた。 「春日?生徒会室にくるなんて珍しい」 風紀委員長の榊春日だ。 春日だけは、麿のことを麻比呂と呼ぶ。麿、というあだ名がつく前からの付き合いだからだ。 「行き詰ってるんじゃないかと思って」 「まさか……と言いたいところだけどね、そうもいかなくなってきた」 「耀さんが元気ないって理亜が騒いでた。永遠のライバルとか言ってるけど、本当は心配でたまらないんだよ」 「春日は大人だね」 「そうかな?そうでもないよ」 「もう、どうしたらいいかわからない」 「麻比呂でもそう思うんだ」 「どういう意味?」 「迷わなそうだから」 「人間って誰でも迷わない?」 「だって、麻比呂ってそういうの超越した感じだし」 「春日〜」 「似合わないよ、麻比呂には。迷ってるガラじゃないでしょ?」 「春日先輩!!」 「え?!健太郎?!」 健太郎こと速水健太郎が春日を背後から自分の方に引き寄せた。 それを見た麿はため息をついた。 「健太郎君。僕らは清い友情で結ばれているから君が心配するようなことは一切ないよ?余裕がないのは戴けないよ?」 「余計なお世話です。生徒会長」 「可愛くないね〜」 「???」 春日だけが首を傾げていた。 「俺が見ているのが嫌なだけです」 健太郎の正直な言葉に麿が苦笑した。 「素直で正直だね。僕もそうなら何か変わっていたのかもしれないね」 麻比呂が素直なんてありえないよ?と春日は真剣な顔で言った。 長年の付き合いである春日にそう言われる麿のことを、健太郎はこの時だけ、心の底からかわいそうだと思った。 「ハルカ先輩にそこまで言われるなんて憐れ」 「いや、僕はそういう意味で言ったんじゃないよ」 健太郎が麿を目の前にして言ったことを春日が否定した。 「このままでいいの?麻比呂は素直じゃないけど、逆にできることがあるよ。事実、僕よりできることの方が多いじゃないか」 春日が全面笑顔で言った言葉に麿は何やら考える顔になった。 「迷うことも必要だけど、そろそろ決着をつけるいい機会なのかもしれないね。……策を練ろうかな」 麿は自信ありげに笑った。 決戦は……文化祭! 「なんで!!なんでなんでだーーー!」 佐々木の悲鳴に近い声が屋上に響いた。 「佐々木〜耳痛い」 「佐々木君、声を抑えて」 渡辺、峰岸が耳を押さえていた。 「ふふふ〜♪」 「三票差?!三票差?三票差!ってどういうことだ!!」 「ボクの勝利!!ボクが生徒会長!!」 ピースをしてその辺りを飛び回っている川村に、佐々木が会心の蹴りを炸裂させた。 のたうちまわっている川村を冷たい目で佐々木が見ていた。 「こいつに三票で負けた?嘘だ!そうだ、これは夢だ!」 そう言うと、佐々木は屋上から脱兎のごとく走り去った。 「とうとう現実逃避をした佐々木君」 「佐々木はおもしろいな〜」 「いたたた〜。でも、政宗、副会長なんだよ」 「ああ、会長と副会長の選挙が同じなんだっけか?」 渡辺が今、思い出したという顔をした。 「そう。二番目に票を集めた人が自動的に副会長」 川村が苦笑した。 「実際のところボク忙しいから、実権は結局、政宗が握ると思うよ。ボクのほうが目立つからね。票を集めやすかったんじゃない?」 「実力で獲得したんじゃないのか?」 渡辺は川村が努力して、票を集めたのを知っていた。早朝に校門に立ったりしていたのも知っている。演説には川村に共感できた生徒が多かった。 「買い被りすぎだよ」 「佐々木君が待ってるよ。早く行かないとまた、怒られるよ」 峰岸が屋上の扉のところから顔を出した。 階段を見ると、佐々木が座っていた。 なんだかんだ言って待っていたようだ。 「悔しいですが、負けを認めます」 佐々木が優等生スマイルで川村に握手を求めた。 「まっ政宗?」 焦りつつも川村は握手に応じた。 「がんばってくださいね、生徒会長!」 笑顔が怖い。 その顔には、 『会長になったからには絶対、仕事は責任をもってやってもらう。逃げさせはしない』 そんな怒りが見えた。 握手された手に力が入りすぎていて痛い。 「なんでこうなるんだ〜!!」 川村は叫んだ。 座談会&次回予告 佐「本当にこの話の主人公は俺と昇か?」 川「そうだよ〜。見たらわかるでしょ?」 佐「しかも!全然話が途中じゃないか!!これから生徒会長と耀姉さんはどうなるんだ?」 川「4話でのお楽しみ〜♪」 佐「2話目の次回予告はは志賀と笠井に取られるし」 川「予告ぐらい広い心で譲ってあげなよ。だって、あの二人の頭文字も『sk』なんだよ?管理人は全く気づかなかったらしいけどね」 佐「はあ?謀ってやってたんじゃないのか!?」 川「後でふっと気づいたらしいよ?間が抜けてるねぇ〜」 佐「ありえないな。ちょっと絞めた方がいいんじゃないか?」 川「例えば?」 佐「自分で考えろ」 川「んな、殺生な」 佐「次回予告いくぞ」 川「政宗、いつもに増してボクに冷たくない?」 佐「考えろよ?おまえ物語の中でなにか俺にしなかったか?」 川「え?なんかしたっけか?」 佐「三票差。それを聞いて何か思い出さないか?」 川「う……いやあ、あれは……ねぇ?」 (佐々木エンジェルスマイルになり川村の鳩尾に拳を入れる) 佐「次の話は文化祭です。3話で一度も話をしなかった生徒会長と耀姉さんの恋の行方に決着がつく予定です。一度も話してないのに、恋の話なんてお笑い草ですね。いっぺん死んでこい!管理人!」 川「…ご…ふっ……政宗は生徒会長になれなかったことに相当恨みを抱いているようです……」 佐「では、次回、第4話「星空の果て」です」 川「最近やられてばっか。ボクってやられ役なのかな?」 佐「やられキャラは数多く出番があるぞ。よかったな」 川「次号を必ず見て!!ボクが脱やられ役します!!」 | back | next | 佐「昇がやられ役を脱するなんて、そんな訳ねーだろ」 川「こんな下にきてまでそんなことを言わないの!!」 |