「あ〜仕事が終わらない!」
28歳童貞のしがない会社員は、節電で暗くなったオフィスでパソコンとにらめっこをしていた。
「なんでこんなに俺ばっかに押し付けられんだ!」
定時帰りの同僚を恨む。上司に改善の申し出をしても一向に改善される見込みはない。現在時刻は9時だ。
「こんな時間までなんで仕事していないといけないんだ」
この男、完全にグロッキー状態だ。いつも仕事を押し付ける既婚の同僚に呪詛を吐いていた。
『そうよ、なんでこんな時間まで仕事をしているの?』
その声は野太いのに、女性のようなしゃべり方をしていた。
「うわっ!」
その男の机に乗っていたのは、カエルだった。
『ねえ、私が手伝ってあげましょうか?』
「カエルに手伝ってもらうほど、人間として落ちぶれていません!」
『そうなんですか』
聞けば聞くほどおかしい。カエルの声は、ナイスな低音ボイスなのだ。そして、人間の男はとても冷静なツッコミができている。カエルに話しかけられたら、普通そんな返しはできないだろう。ツッコミのセンスがある。
『実は、私、人間の女の子だったのです。ですが、私を妬んだ女が、呪いをかけたのです。女の嫉妬は怖いです。そうして、こんな姿になってしまいました』
「女の子……?」
『女の子です! それにそこは問題じゃありません!』
「それで、俺に何の用?」
『あなたの仕事を手伝います。こう見えて、仕事には精通しています。その代り、友達になってほしいのです。家に連れて帰ってほしいのです』
「お断りだ! 俺は元女の子だろうが、カエルと一緒に暮らす趣味はない」
『そんなこと言わずに!』
「あと、無理にその高音の声出そうとするなよ。気持ち悪い」
『無理になんて出していませ……げほっごほっ』
「どう聞いても無理矢理なんだけど……」
『だとしても、お願いです。連れて帰ってください! カエルだけに!』
「わかりずらい上に、面白くねぇ!」
そう言いながら、カエルは本当に仕事を手伝ってくれ、予定よりは随分早く帰ることに成功した男は、カエルを手に乗せて会社のビルの玄関を出た。
『私を連れて帰ってくれるのですね!』
男は、会社の玄関外の植木にカエルを捨てた。
「カエルはカエルらしく自然に帰れ」
あれ、これちょっと面白いんじゃね?とつぶやき、男は自宅に帰って行った。
『面白くねぇよ!』
完全な低音ボイスでカエルは叫んだ。
残念なことに、男の家は、会社から徒歩圏内だった。
「つうか、お前、どんだけド根性ガエルなんだ!」
家に帰ると、窓からカエルが侵入していたのだ。
『お願いです! あなたに見捨てられたらもうどうしていいかわかりません』
「いや、山に帰った方がいいよ。田んぼで楽しく暮らしなよ」
『私は人間です! 清き者の純粋な愛のこもったキスが必要なんです!』
「俺にそれ求めんなよ! カエルを愛するほど変態じゃないから」
『そこをなんとか! 一緒にいさせていただけるだけでいいのです!』
「いやいや、カエルと一緒だと、正直ぬめぬめするし、ヤダよ」
『カエルの性質上仕方ないのです。お願いです。どうか!』
「もう疲れたから、寝る!」
男はカエルとの口論に疲れ寝てしまった。
その日から、二人の奇妙な共同生活が始まった。
カエルは、毎日、男の肩に乗り一緒に仕事をした。帰ってからももちろん一緒だ。
男はカエルに段々と愛着が沸いてくるようになった。
そして、カエルは優秀だった。カエルに指摘されたことは、全て男の成果になった。男の残業時間も大幅に減った。三ヶ月たった頃、男は、カエルの本当の姿がみたいと思った。その健気に尽くしてくれる姿勢に、男は絆されたのだ。なぜこんなに元の姿を知りたいのか、この気持ちがなんなのか、男にはわからなかった。だから、カエルに早く元の姿に戻ってほしくて、思い切って、その湿った唇にキスをした。予想通り、ぼわんと白い煙のようなものが出て、カエルはみるみる人間の姿になった。
「いや〜ありがとう助かったよ」
のぶとい声だった。女性のものとは思えない。元々、カエルの時も低音ボイスで女性のものとは思えなかった理由はこれだったのだ。元が男だったからに他ならない。
「お前は?!」
「おやおや、自分の会社の社長にお前はないだろう☆」
「七股だかかけて、女に刺されて入院中じゃなかったのか?!」
「刺されたんじゃなくて、カエルになる呪いをかけられちゃってね☆」
軽薄そうな社長は、全ての女性に優しくしていたと言う。
「ごめんね、君のことは好きだけど、無類の女好きの僕は、君のこと女のように愛することはできなさそうだ」
「俺の純情を返せ! しかも、なんで俺が振られたみたいになってんだ!」
「あ、携帯電話貸してくれる?」
「人の話を聞け〜〜〜!」
「あ、もしもし〜? 戻ったよ〜車回して。あ、ここの住所教えて」
「誰か来るのか?」
「秘書だよ。あ、安心して、男だから。爬虫類がこの世で一番嫌いなんだって、特にカエル」
「だから事情を知ってそうだったのに、今まで来なかったのか」
「そうだよ。薄情な秘書だよね〜」
「ていうか、服着ろよ。小さいかもしれないけど、俺の貸すから」
「君には感謝しても感謝しきれないよ。無二の親友になろう!」
社長は男に抱きついたが、男は社長を押しのけた。
「お断りだ」
本当にカエルのままなら良かった、と心底男は後悔していた。ずっとカエルのままで良かった。
「ま〜た、ツンデレなんだから! キスまでした仲じゃないか」
「俺にとっては黒歴史だ! それに、お前じゃなくてカエルとキスしたんだ! ツンデレじゃないだろう。言葉はちゃんと使え!」
怒ってるのか、落ち込んでいるのかわからない気分で男は怒鳴った。
「社長!」
「あ、きたきた〜さ、早く帰って仕事だ。支障が出てるだろう?」
そこにいたのは、メガネ短髪の美しい男だった。
「ああ、貴方がいなくて、胸が張り裂けそうでした! 見てください!」
縄で縛られていた。
「胸が張り裂けないように、縛っておきましたが、もう不要です」
縄がぱーんと弾け飛んだ。
「彼、SMの趣味があって。彼の名誉のために内緒してあげてね」
「それ、めちゃくちゃどうでもいい事じゃね?」
「とにかく、ありがとう」
カエル改め社長は男の頬にキスをした。
「また、仕事でね!」
爽やかに去っていった。
「まったく、なんだったんだ」
男は溜息をついた。
しかし、これらかの未来では、男は社長の片腕となりバリバリ働く。社長の傍らには、男が必ずいた。嫌がりながらも、二人はとても良いコンビだった。また、地位が上がったことにより、仕事を押し付けられたために発生していた残業も解消し、その仕事の分配も改善されることになった。万事解決!
「いや、こいつとのことは解決してねぇよ?」
「またまた〜僕のことキスするくらい大好きなくせに〜」
「死ね!」
おしまい