六人のヘビメタル


父は偉大で尊敬できる人間でした。

大企業の社長です。資産家でもあります。事業に失敗して借金まみれになるまでは。

私の名前は姫子。私には父の他に六人の兄がいます。母は早くに亡くなりました。

もう、聞いている私が恥ずかしくなるくらい父は母にゾッコンで、七人子供を作りました。

私たち子供のことも溺愛していて、父には経済力もあり、幸せに暮らしていました。ですが、新規事業に失敗した父は借金を背負いました。

借金をどうにかするために、政略結婚をすることにしました。

ごうつくばりな年配の女の娘を借金を支払うかわりに娶らされたのです。

父の会社の名前が欲しかったのでしょう。
ですが、父の嫁にきた継母は、とてつもなく嫉妬深く、かつ狡猾で私たち七人の子供のことを知られたら、家から追い出し二度と会えなくするでしょう。
もしかしたら、命まで狙われるかもしれません。父は再婚相手である継母のそんな性格を見抜き、私たち七人を遠くにある山奥の別荘に隠しました。

父は事あるごとに出張と偽り、私たちに会いにきました。
しかし、頻繁すぎたのでょう。継母は、私たちのことに気づいてしまったのです。大金を使い、父の会社の部下や家に出入りしていた家政婦から父に子供がいたことを吐かせたのでした。
そして、探偵を使い、私たちが住んでいる場所まで探り当ててしまったのです。

継母は六人の兄達を連れて行ってしまいました
。しかし、私だけは、違う部屋のベッドで寝ていたため、継母に気づかれることなく難を逃れました。

「姫子、君のお兄さん達はどこにいったんだい?」

父が私に問いかけます。
その時の私は、兄たちが継母に連れ去られたとは思いもしませんでした。

「わからない。起きたら誰もいなかったの」

父は大層悲しみました。そして、私も居なくなっては困ると思ったのでしょう。

「僕と君の義理のお母さんがいる家に来ないかい? 君まで居なくなってはしまっては、僕はどうしたらいいかわからなくなってしまう」

「ええ、わかりました。お父様。ですが、準備もありますし、今夜一晩だけ待っていただけませんか?」

 私は父と一緒に行く気は全くありませんでした。
何より、兄たちの行方を探したかったのです。

「わかった。今日は戻る。明日また来るよ」

父の姿が見えなくなると、私は早速家を出ました。
兄たちの行方を探すためです。

「私がお兄様たちを探さないと!」

私は一生懸命、兄たちを探しました。
一週間経ち、一ヶ月が経ちました。
私は何の手がかりも掴めず途方に暮れていました。
あまりにも歩き通しで疲れ、ふらっと手近にあった無人の事務所に入りました。

「姫子、なんでここにいるんだ!」

「まさか、兄様たち?!」

声に聞き覚えがありました。
顔はまるで誰かわからないくらいの化粧がされていました。
兄たちは、色とりどりの化粧を落としました。

「ここは、ヤクザの事務所だ! 見つからないうちに逃げるんだ!」

兄たちは、ヘビメタル系のバンドをしていたのです。
この前、テレビで鮮烈デビューをしたのでした。

「どうなってるの?」

「あの継母に無理やりやらされているんだ! 姫子の存在はバレていない。早く逃げるんだ! 俺達は逃げようとしたら殺されるかもしれない。それに、父がした借金を全て返せば自由にしてくれる、と言っている」

「私も借金を返す! そうしたら兄様たちは解放されるのよね?」

「ああ、だが、自分の素性を絶対話してはいけないよ。あの継母に見つかったら酷い目にあう。姫子は女の子だ。俺たちとは違うお金を稼ぐ方法がある。そんな目には遭わせたくない」

その時、ちょうどヤクザが戻ってきたのでしょう。
声がしました。私は慌ててその場から逃げ出しました。
お金を作れば、兄たちは解放される、希望を持つことができました。
しかし、今まで何不自由なく生きてきた私にはお金を稼ぐ方法がわかりませんでした。公園のベンチで途方に暮れていました。

「こんなところで、何をしているんだい?」

会社員の男性でしょうか。複数名いました。心配した様子で話しかけてきました。私は不信に思い無視をしました。

「ボロボロじゃないか。女の子がこんな格好をしていてはダメだよ」

一ヶ月、なりふり構わずに兄たちを探してきました。
身体も服も衛生的とは言い難いです。まともな人間には見えないでしょう。
彼らが心配してくれるのは嬉しいですが、巻き込む訳にはいきません。私は無視し続けました。
「何も食べていないんじゃないかい?」 

お腹はペコペコでした。
私は元からお金を持ち歩く習慣はありません。
少しだけ持っていたお金も底をつき、満足な食料も買うことができません。

「ねえ、警察に行くかい?」

私は必死に首を振りました。
もう、話しかけてほしくなくて、首にしていたネックレスを差し出しました。

「そういうことじゃないんだけどなぁ……社長のところに連れて行くか?」

「そうだな。なんとかしてくれるだろう。すごい上質な服をきてるし、いいとこの子みたいだしな」

「会社ならシャワー室もあるし。社長は、すぐそこにいるから。ほら、おいでよ」

 私は無理やり連れて行かれました。

「君の名前は?」

社長と呼ばれた優しそうな人が私に話しかけてきました。ですが、兄たちのことを思い私は何も言うことができませんでした。

「言葉が通じないわけじゃないんだよね?」

私は頷きました。この男の人に瞳の奥深くまで覗かれた気がしました。

「君はとても綺麗だね。そして、聡明そうだ」

その人は、自分が着ていたジャケットを私に着せてくれました。

「このままにしておくわけにはいかない。家に連れて帰るよ」

「社長、大丈夫なんですか?」

「家には母もいる。大丈夫だと思うよ」

「なら、いいんですが」

社員の人たちと別れ、その人は、私を車の助手席に乗せると、止めてあった車を発進させました。

「ここは僕の家だから安心していいよ」

風呂を借りて、食事を一緒にとりました。

「なんですか、その子は」

「母さん。保護したんだ。身寄りもない子みたいなんだ」

「今夜一晩だけですよ」

彼女は言い捨てていきました。

次の日、たくさんの綺麗な服をその人は私に買い与えました。

「母さんはああ言ったけど、ずっと傍にいてほしい」

彼の名前は殿馬と言いました。
私は、お金を稼ぎたかったので、丁重にお断りしました。

「僕専属のメイドになってくれないか。お給料は払うよ」

お金が稼げるならと、二つ返事でその話を受けました。それから殿馬は、仕事以外で私を片時も離すことはありませんでした。

「結婚してほしい」

無理やり押し切られ、私はメイドのまま彼と結婚することになりました。
しかし、それを快く思わなかったのは、彼の母親、姑でした。

「どこの馬の骨だかもわからないような人を嫁にするなど、言語道断です」

「その女はあなたにはふさわしくありません。結婚を考えなおしなさい」

姑は、このようなことばかりを殿馬に話していました。
ですが、殿馬は離縁など絶対にありえないと、聞く耳を持ちませんでした。
一年が経ち、私と殿馬の間には子供が生まれました。
しかし、やっと乳離れをした頃、子供が誘拐されてしまいました。
そんなことができるのは、姑だけです。
私も殿馬も感づいてはいましたが、証拠もなく、悪し様に姑は私を罵倒しました。

「あなたの監督責任です。育てるのが嫌になって、どこかに置いてきたのではないのですが。鬼のような女ですね」

捜索願は出されましたが、いつまでたっても子供が見つかることはありませんでした。
私は姑に反論することもなく、メイドの仕事を続けていました。
その時の私はお金を貯めることが最優先だったのです。
そして、二人目の子供も、三人目の子供も同じように誘拐されました。
おかしい、と疑問を持ち、調べてみると姑が子供たちを攫ったことは明白でした。
一切弁解しない私を、姑は鬼と呼び、激しく罵りました。三人の子供を失ったのに、あまりに何も言わないため殿馬も庇いきれなくなり私は、家を出ていくように言われました。その日がちょうど、兄たちと合わせて借金を返し終わる額が貯まる日だったのです。あれから、六年の月日が流れていました。
私は出ていく準備をしていました。
今日で最後かと思うと悲しいような清々しいような気持です。

「お兄様たち!」

出て行こうと玄関のドアを開けると、兄たちがいました。
彼らはヘビメタの化粧を落として、いつもの私の知っている兄たちでした。

「もう、俺たちは自由だ。あの誰だかわからない化粧もする必要がなくなった!」

事情を知り迎えにきてくれたの。そして、彼らは三人の子供を連れていました。

「この子、お前の子供だろう? 探してほしいと頼まれていたから」

全て失ったと思っていた私は涙を流しました。
子供たちは、私を見ても自分の母親だとは気づかないようです。
だけど、また会えたことが嬉しかったのです。三人を泣きながら抱きしめました。

「あんた、俺たちの姫子の旦那なんだろう。嫁を追い出すとはどういうことだ。だいたい、あんたの母親がこの子たちを誘拐したんだろう。母親から離して育てるなんて狂気の沙汰だ」

兄たちは私を追い出そうとしている殿馬に激昂し追求してくれました。

「兄たちを助けるために我慢してきました。お義母さんが三人を隠し、私に罪を着せてこの家から追い出そうとしていたことは知っていました。長い間、私は兄たちのために何も言いませんでした」

兄たちが味方になってくれたので、そして、私ももう素性を隠す必要がなくなったので、泣きながら殿馬に訴えました。

「おばあさま!」

子供たちは姑のところに走って駆け寄りました。

「お母さん、なぜ、誘拐されたはずの子供が、あなたのことを知っているのですか?」

殿馬に問い詰められた姑は何も言えないようでした。

「出ていくのは、あなたの方だったようですね。僕は、自分の母親が犯罪者だったとは思いたくない。あなたが出ていくというのなら、警察には届けません」

姑はこの家を出ていき、殿馬と三人の子供と暮らせるようになりました。

兄たちは今度はヘビメタから普通のアーティストになって素顔で活動しています。

昔のおとぎ話の結末のように、私も殿馬も、六人の兄様たち共々、幸せに仲睦まじく暮らしました。


おしまい。





※前にブックショートに応募しました。いつだったか忘れたけど。
また、応募してダメだったら載せようと思います。むしろ、ダメだったらコンテンツ増えるからいいかと思ってしまう私(笑) 確か、1日だったか2日だったかで書いたので、早々うまくいかないよね。
賞金目当てだったし(笑)欲にまみれまくってるからね! 加筆したいとこもあったけど、これはこのまま。


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