今は昔。あるところに、とってもかわいい少女がいました。彼女の名前はあかね。誰がみても彼女は可愛かったですが、彼女のおばあちゃんがあかねを一番可愛がっていました。目の中に入れても痛くない溺愛ぶりでした。おばあちゃんは、幼少から目の悪かったあかねに赤いメガネをプレゼントしました。それを気に入り、ずっとつけていたので、彼女は赤めがねちゃんと呼ばれていました。
「かわいいかわいい赤めがねちゃん」
「なあに、ママ」
ある、早起きをした朝でした。
「おばあちゃんの体調が悪くて寝込んでいるみたい。お見舞いに行けるかしら?ここに、お酒と昨日、赤めがねちゃんとママが焼いたお菓子があるわ。持って行ってくれる?これを持って行ったら、きっと元気になるわ」
「大好きなおばあちゃんが寝込んでるの大変!お見舞い行く!」
「そう、それはよかったわ。でもね、赤めがねちゃん」
「なあに?」
母親はとても心配そうな顔をして言いました。
「行く途中で寄り道しちゃだめよ?」
「わかってるよ!」
赤めがねちゃんは当然という返事をしました。
「知らない人についていっちゃダメよ?」
「わかってるよ!」
母親の心配症には困ったものだというように赤めがねちゃんは聞いていました。
「道を歩いているときは、お行儀よくしてね。転んでお酒とお菓子がダメになったらおばあちゃん、がっかりするわ。それに、おばあちゃんの家についたら、ちゃんとおはようございますって挨拶してね。キョロキョロ見回して変なところをいじって飾ってあるものを壊したらだめよ。さあ、お日様が昇って暑くなる前に出発しましょう」
「ママったら、すごーく心配症なんだから。そんなことしないよ。ちゃんとするもん」
「それなら良かったわ」
母親は優しく笑いました。
「赤めがねちゃんが、そんなことをするはずはないと思っているんだけど、ママ、とーっても心配なの」
「うん、わかってるよ。ちゃんとママの期待通りにおつかいしてみせるよ」
赤めがねちゃんは、早速、玄関に向かいました。
「ちなみに、おばあちゃんは、おじいちゃんに先立たれて、若い男と火遊びしてお金を持ち逃げされて落ち込んでるだけだから、お見舞いとは違う気がするけどね。おばあちゃんが元気なことはいいことだけど、困ったものね。とても資産家だから、そのくらいなんともないと思うけれど」
母親は玄関まで赤めがねちゃんを送るのを見送る時に、一人溜息をつきました。
「ん?ママ、何か言った?」
「何でもないわ。赤めがねちゃんに会えばおばあちゃんも、元気になるわ。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
赤めがねちゃんは元気よく家を飛び出しました。
てくてくと歩いていくと、駅前で悲しそうな顔で立っている女性……いや、男性を発見しました。
赤めがねちゃんは、訪ねます。
「どうしてこんなところに立っているの?」
「待っているのよ、あの人を」
「待ち合わせしてるの?」
「いいえ、裏切られても私は待つわ」
幼い赤めがねちゃんは、彼の立っている理由が良く理解できませんでした。なので、他の質問をしました。
「なんで男なのに女の格好してるの?」
「そういう性癖だからよ」
「せいへき?」
「子供にはまだ早かったからしら。お嬢ちゃん。この世界にはもっと大人になってから知ったことがいいこともあるのよ」
「ふーん」
赤めがねちゃんは、彼が女装している理由が良く理解できませんでした。ただ、とても目立つし、悲しそうな顔していたので、優しい赤めがねちゃんは放っておけなかったのでした。
「あなたのお名前は?」
「私は愛の狩人よ」
「愛の狩人?」
「そう呼んでちょうだい」
「呼びにくいし、呼んでいる私まで変な人だと思われるよ」
「そういうあなたのお名前は?」
「あかね。でも、赤めがねちゃんってよばれてるよ」
「ねえ、あなたこそ本当にそのあだ名でいいの?」
「どういう意味? 大好きなおばあちゃんがそう呼ぶから」
「変わったおばあさんね。……でも、それなら仕方ないわね。だったらわかるでしょ。私だって、そう呼ばれたいのよ」
「よくわかんないけど、もう行っていい?おばあちゃんのところにお使いに行く途中なの」
「もちろん。あかめがねちゃん、気をつけてね」
ここで赤めがねちゃんが学んだことといえば、変な人に話しかけてはいけませんということだろう。そして、もう一つ。この後に起こることに大きく関わってくる人なのでした。縁とは奇なり。
そして、また赤めがねちゃんはてくてく歩いていました。そんな時、声をかけられました。
「こんにちは。可愛い人」
「こんにちは。あなたは?」
そこには、執事服を着た美丈夫が立っていました。この人も、客観的に見ると変な人なのですが、この時、赤めがねちゃんは何とも思わなかったのです。彼女は、幼いため、人を判断するための基準がまだ曖昧でした。だから、この変な人を怖いとは思わなかったのでした。
「おおかみと申します」
「おおかみさん?」
「またの名を変態紳士と申します。そう呼ばれることもあります」
「え?へんたいしんし?」
「御気になさらず、可愛い人。おおかみで結構です。こんな朝早くからどこへいくのですか?」
「おばあちゃんの家におつかいに行くの」
「おばあさんに何かあったのですか?」
「具合が悪いみたいなの」
「そうなのですね!おばあさんの家はどこなのですか?」
「ここから電車で一駅行ったところ。大きな木があるところだよ」
「あの有名な大きな木のあるところですね」
「そうだよ!あのあたりに家は1軒しかないからわかりやすいんだよ」
「大豪邸ですね。何を持って行くんですか?」
「お酒とお菓子!」
「お見舞いに行こうだなんて、なんて心優しい。お優しい気質をもっていらしゃる。さすが、私が見初めた人」
「みそめたって何?」
「お気になさらないでください。その意味を理解するのは、もっと後で良いのです」
「うーん、なんか難しいね、おじちゃん」
「おじちゃんとは。あなたのような可愛い人に言われると少し傷つきます」
「良く分からないけどごめんね?」
「なんと優しいお言葉。やはり貴方は素晴らしい人間でいらっしゃる。そんな、可愛い貴方にプレゼントをしましょう」
「あそこに花屋さんがあります。なんと、ここに無料お試し券があります。これは、おばあさんにお花を選んであげてください。ただし、一本一本選んで花束にしてあげてください。約束ですよ」
「わかった!朝早く出たし、お花を選ぶくらいの時間は大丈夫だよね」
「おばあさんは、大変喜ぶと思いますよ」
花を選ぶのが初めての赤めがねちゃんは、飛び跳ねるほど喜んで花屋さんに向かったのでした。
「こんにちは、おばあさん」
おおかみはおばあさんに挨拶をしました。
「誰だね。私はいま、気分が悪い。用がないなら帰ってくれ」
「貴女のお孫さんに会いました」
「あの子に?」
「あなたを見舞いに来るという話を聞きました」
「なぜあんたがそれを知ってるんだ?」
「直接聞いたんですよ」
「あの子はどこだい?」
おばあさんは、資産家でした。金銭を目的とした誘拐は身に近いものがありました。
「さあ、どこでしょうね」
「目的は金かい?」
「とんでもありません。私の目的はあの子だけです」
「どういう意味だい?」
「あなたには眠っていていただきます」
「そうはいかない……」
「先程のメイドさんのお茶に眠り薬を仕込んでおきました。メイドさんも気づいていらしゃらない様子でした。私が入れるくらいの警備体制とは。警備会社を変えた方がいいですよ」
まるきり、悪意のない顔で、彼は笑っていた。
「おやすみなさい。よい夢を」
お花を選んでやっとこさ、赤めがねちゃんは、おはあさんの家に着きました。家という範囲に収まらない大豪邸に彼女は赤いメガネを直しながら入っていきます。そして、ベッドに寝ているおばあさんに話しかけます。
「おばあちゃん 、なんて大きなお耳」
「おまえの声が、よくきこえるようにさ」
「おばあちゃん 、なんて大きなおめめ」
「おまえのいるのが、よくみえるようにさ」
「おばあちゃん 、なんて大きなおてて」
「おまえが、よくつかめるようにさ」
「おばあちゃん、大きなお口!」
「おまえをたべるにためにさ!」
「きゃぁぁぁー! おばあちゃんじゃない!」
「ちょっと待ちなさい! それ以上やったら、本気で児ポ法違反よ!」
そこに乱入してきたのは、駅前で出会った愛の狩人でした。
「愛の狩人さん?」
愛の狩人は、おおかみの首に手刀を入れました。
おおかみはベッドの中で倒れました。まるで安らかに死んでいるようです。
「危なかったわ。作品的にも、赤めがねちゃん的にも」
「作品的ってなあに?」
「大人の事情だからわからなくてもいいのよ」
「ふーん?」
ガタゴトと隣の部屋へと続くドアの向こうから音がします。
「んんんー!」
「おばあちゃん縛られてる! しかも、不思議な縛り方!」
「亀甲縛りね! さすが変態おおかみね!おばあさん、大丈夫?今、ほどいてあげるわ」
「あの変態は何なんだね! 赤めがねちゃんに一目惚れしただの抜かして! ロリコンかい!」
「節操がないだけだと思うわ……。でも、二人とも無事で本当に良かったわ。かく言う私も被害者の一人よ」
「また変な男にひっかかったのか」
「それは、おばあさんも一緒でしょ!」
「わたしゃ、あの変態にはひっかかってないよ。失礼なこと言わないでおくれ!」
「そりゃそうよね、おばあさんの好みじゃないわよね」
二人はしっかりと手を握り合った。
「二人は友達なの?」
「そうなの。同じ男に騙されたことがあるのよ。まあ、おばあさんとは昔からの友達なんだけどね。私も結構、裕福な家の出で良く誘拐とかされてたから護身も攻撃も完璧よ! そして、ダメな男に貢ぎまくりよ!」
「ふーん? なんか良く分からないけど、なんだかロクでもないのはわかったよ」
「あら、赤めがねちゃん、大人な意見」
「さて、この変態はどうするかね」
「私、いいこと思いついちゃったわ!」
「ここは?」
「あの変態紳士の会社よ。あの人、ああ見えて社長なの。二代目だけどね」
「だからボンクラなのさね」
「ここに、メイド服で放り出しましょう」
「おや、目が覚めたようだよ。さすがにここで放り出したら、社会的制裁すぎるんじゃないのかのぅ」
「まあ、いいじゃないかしら。ここからが、きっと見ものよ。あのボンクラがどうするか」
「うっ」
「なんという恥ずかしい姿をあなたの前でとってしまったのでしょう」
「別に何も気にしてないよ、おじちゃん」
「あなたは何歳ですか?」
おおかみさんの心の中に浮かんでくる光景があった。赤いメガネをかけた母親の姿だった。赤めがねちゃんにそっくりだった。彼女は、愛人という立場だった。おおかみさんを産んでも父親の援助は受けられなかった。父親はおおかみさんが産まれたことを知らなかったのだ。一人でおおかみさんを育ててくれた。その苦労が祟ったのか、おおかみさんの母親は早くに亡くなった。その際、父親に引き取られたのだった。母親を助けてくれなかった父親に反発した。会社の評判が悪くなるような行いをした。授業をさぼったり、テストでわざと悪い点をとったりした。出来は良かったので、それくらいのことで大学進学への成績が悪くなることはなかったが。会社を継ぐことも嫌だったが、父親と正妻の間には子供がいなかった。父は言った。愛していたのは、お前の母親だけだと。継ぎたくはなかったが、父が病に倒れ、会社を放置することができなくなった。大学生だったおおかみさんは、休学し、二十歳という若さで社長という役職に就く羽目になってしまったのだ。そんな時、赤めがねちゃんに会ったのだった。母親そっくりの。
「わたしは十二歳だよ」
「では、あと何年かしたら、迎えに参ります。あなたさえ良ければ、その時の私を見てください」
「迎えに? どうして?」
「あなたが必要だからです」
「必要?」
「ええ。確かに、未成年であるあなたを好きになることは、良くないことです。けれど、私の愛は止められません」
母親にできなかった恩返しをあなたに、とおおかみさんは心の中で付け足しました。
「あなたへの愛で、最初、周りが全く見えなくなってしまいましたが、これからは、あなたに相応しい人間になりたいと思います」
「よくわからないけど、約束して。もう悪いことしないって。みんなのためにいいことをするって」
赤めがねちゃんは小指を出しました。
「もちろん、あなたのために」
おおかみさんも小指を出し、ゆびきりしました。
かくして、メイド服の女装変態社長と赤めがねちゃんはゆびきりをしました。おおかみさん、もとい社長の評判は良くなったのか悪くなったのか微妙なところでした。メイド服で女装していたのと幼女に愛しているなどを囁いていたからです。だた、それから、おおかみさんは改心し、ひたすら仕事をがんばり、赤めがねちゃんとの約束を守り続けました。何もわからない赤めがねちゃんのような小さな子供を好きになることは、良くないことかもしれませんが、人を好きになることは、悪いことではありません。赤ずきんちゃんで狼のお腹に入れられたのは石でしたが、赤めがねちゃんが、おおかみさんのお腹に入れたのは、愛と約束でした。
何年後か、おおかみさんが赤めがねちゃんを迎えにいった結果は……おっと、こんな時間です。続きはまた今度。
おしまい。
BadEnd Side A
おおかみは、目を覚ましました。
赤めがねちゃんに最後に言われた言葉が今も木魂しています。
「あなたのことを好きになることはないよ。いっしょにはいられないよ」
おおかみは絶望しました。
彼は防波堤にいました。目の前には大きな海が広がっていました。
愛の狩人によって、そこに車から放置されたのです。
「生きている意味なんてないな」
おおかみは、海に身を投げました。
彼が浮き上がってくることはありませんでした。
BadEnd Side B
おおかみが気づいた時、縄で縛られ、目隠しをされていました。
石が何個もつけられていました。全く身動きすることができません。
「内密に処理しておくれ」
おばあさんの声が聞こえます。
おおかみは思います。何か大きな力によって、自分の命は投げ捨てられると。
車のトランクに入れられ、何十分かした頃、トランクから出されました。
そして、冷たい水が身体中に感じられました。
ああ、自分は死ぬのか、海に沈められて、と思うと同時におおかみの意識も暗い海の底に沈んでいった。
※BadEndもありかと思っていたのですが、勘違いしていたようです。
赤ずきんちゃん(童話のほうですが)では、狼はおなかに石を入れられて池に入っちゃうって。実際は石を入れられただけでしたね。
絶望しか残らないEndingよりは、やっぱりHappyEndが一番ですよね、ってことでこうなりました。